2011年9月12日月曜日

茉莉花忌


                                           山田リオ
また九月11日がめぐってきて、松本よし子さんのことを思い出します。
毎日の生活のなかで、忘れないと思っていた人のことを、気が付いたら忘れてしまっていた。
こういう日が来て、やっと思い出す、大切な友達のこと。
2006年に書いた「友よ」を、あらためて掲載します。

あのころ、ぼくたちはニューヨークに住んでいたので、あそこで働いていた知人友人も多かったのです。

あの日、亡くなった方は2977人。
その約88%がアメリカ国籍の人たち、そして約12%が外国籍の人たちで、それは合計九十カ国以上になります。
すべては書ききれないが、少しだけ拾ってみます。

イギリス、67人。ドミニカ、47人、インド、41人、韓国、28人、日本、24人。カナダ、24人、コロンビア、17人、フィリピン、16人、ジャマイカ、16人。メキシコ、16人。トリニダード・トバゴ、14人。オーストラリア、11人。ドイツ、11人。イタリア、10人。パキスタン、8人。アイルランド、6人。バングラデシュ、6人。ポーランド、6人、イスラエル、5人。ペルー、5人、そしてポルトガルは5人の方たちが亡くなりました。

4人以下の被害の国々は、アルゼンチン、べラルース、ベルギー、ブラジル、チリ、中国、コートジヴォアール、コンゴ、エル・サルヴァドル、エクアドル、エチオピア、フランス、ガーナ、ガイアナ、ハイチ、ホンデュラス、インドネシア、ヨルダン、レバノン、リトアニア、マレーシア、モルドヴァ、オランダ、ニュージーランド、ナイジェリア、ルーマニア、ロシア、南アフリカ、スペイン、スエーデン、スイス、台湾、ウクライナ、ウズベキスタン、バミューダ、ヴェネズエラ、などの国々でした。

合掌。

『友よ』(第一回) 再録

■2006/12/17 (日) 友よ                   山田リオ
九月十一日の朝、机に向かって何か書き物をしていたら、電話が鳴った。
会社にいる妻からで、「窓の外、見て。テレビつけて」彼女はそう言った。
窓から見ると、ダウンタウンのほう、国際貿易センターのあたりから黒煙が高く空に昇っている。テレビをつけると、そこには映画のような光景が映っていた。
国際貿易センターで働いている数人の友達に電話したが、誰にもつながらなかった。


数 日後にやっとわかったのだが、このやろ女史は十日の深夜に友人が空港に着き、眠ったのが三時すぎになって寝過ごしてしまった。それで地下鉄で貿易セン ターにある会社に向かったのだが、マンハッタンで地下鉄が止まり、道路も通行止めで、8時間歩いてブルックリン橋を渡って家に帰った。いつもなら、このや ろ女史は朝八時に出勤だったはずだから、間違いなく事件にまきこまれただろう。
松本よし子さんは、九時出勤だったが、貿易センターの前の朝市で花を買っていたそうだ。そしてその時、あの事件が起こった。空から人が降って来た。
看護婦であるよし子さんも、どうすることもできなかった。


それから一年ほどしてから、あの事件で命が助かった松本よし子さんの癌が再発した。
それまで、よし子さん自身が癌の生還者だったので、彼女は個人的にニューヨークに住む日本人、とくに女性で、乳ガンや子宮ガンの患者や生還者の相互支援グループを作って、ミーティングをしたり、訪問したり、よし子さんは、それだけでも寝る時間もないほどだった。
それ以外にも、日本人が性交渉でエイズ感染する、あるいは麻薬使用者が注射器が原因でエイズや肝炎に感染するケースが多発していた、それもよし子さんは一人で駆け回って若い日本人との連絡網を作り、相談相手になっていた。
また、日本人女性が家庭内暴力を受ける、それは相手の男性が日本人に限らず、どんな国の人の場合でも起こっている問題で、そういう女性の相談を松本よし子さんは朝でも夜中でも引き受けていた。
よし子さんが倒れれば、そういう支援組織がすべて止まってしまう。(つづく)

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『友よ』(第二回) (再録)

■2006/12/17 (日) 友よ(2)                   山田リオ
よし子さんは、週のうち一日だけ、日曜日だけは彼女自身と、アメリカ人の画家であるご主人のためにあけてあった。
だから、ぼくら夫婦は彼らの山の家に週末泊まりに行ったり、いっしょにテニスのダブルスをやったりしていた。
ふだんのよし子さんは、インチキな関西弁を駆使する、おかしなおばさんだった。落語が好きだった。

彼女の癌が悪化した時、ぼくらはもうカリフォルニアに引っ越した後だったが、よし子さんは自分の病状をすべて把握していた。
「病院で死にたくないからね。私はこの家で死ぬのがいいから、そうする。」電話で、よし子さんはそう言った。
末期で苦しんでいるときでも、よし子さんは電話をしてくれて、長話をした。
それから、亡くなったあとの、支援組織との連絡なども、指示した。
そうやって、松本よし子さんは、四十台の若さで旅立って行った。

よし子さんは、子供はいなかった。
自分自身やご主人のことよりも、無数にいる他人のことを大切にしたのが、よし子さんという人だった。
自分が末期癌で痛みに苦しんでいるときも、よし子さんは癌生還者グループやエイズの若者、家庭内暴力の被害者女性、そういうみんなのことばかり、いつも心配していたのだ。
よし子さんにとって、苦しんでいる者はすべて、よし子さんの子供のように大切な人だったのだろうと思う。
わたしは、松本よし子さん以外に、そういう人を知らない。

そういう人がいたことを書いておきたいと思ったので、書きました。(つづく)

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2011年9月10日土曜日

ダウントン・アビー

 (2011年9月20日にも関連記事があります)

            山田リオ

英国の大河(?)ドラマ、Downton Abbey  (ダウントン・アビー)ダウントン修道院という意味ですが、実際は巨大なダウントン城。その城に住むたくさんの人々の人生を描いた連続テレビドラマです。一年目が終わり、九月から英国で二年目のシーズンが始まります。
(これから書くのは、ぼくの感想で、批評ではありません)

ぼくは現在、完全にはまっています。
アメリカではPBSが放送しているので、録画しておいて何度もくりかえし見て、さらに英国で放送された版のDVDも買いました。こっちのはアメリカ版よりかなり長くて、細部が丁寧です。
細かい説明は避けますが、何度見ても、また見たくなるのには困ります。

大まかな主役グループみたいなものは、あるようで、ないようで、主役も脇役もない、と言ったほうが正しいと思います。
一見小さな役に見えても、登場人物の数だけ、たくさんの物語りがあるということです。
見る人は、貴族も、平民も、召使も、さまざまな人々の内面までを、しっかりと細部まで目撃し、何度でも噛み締めることができる。そういうドラマになっています。ぼくとしては、あたらしい映画「ジェーン・エア」とあわせて見ることをお勧めします。

このドラマの作家で、プロデューサーのジュリアン・フェロウズがテレビのインタビューで言った言葉を引用(直訳)します。

『1912年は、とてつもなく興味深い時代だと思う。なぜなら、近代社会が始まろうとしていて、自動車はすでにあり、電話と電気が広がっていく、女性に対する社会の見方が変わり始める。
もし、そういう細部を正しく表現できれば、もちろん(現代の)多くの人が、その細部自体を知らなくてもいいのだ。(細部を正しく表現できれば)このドラマ全体が、言わば「信じられる」ものになる。そして見る人はこう思う、「ああ、そうか。こういう生きかたもあったんだな。」』

日本では、まだDVDが出ていないんですが、ぼくの勝手な憶測では、このドラマは、「絵面」では、大人向けの、難しいドラマに見えるようなので、若者志向の強い、配給関係の偉いおじさまたちは敬遠するんでしょう。

でも実際は、ダウントン・アビーは世界的人気になってきていて、とくにヨーロッパとアメリカ大陸ではブームが始まっています。
支持層は女性が多いような気がしますが。女性に限らず、男性にも、そして広い年齢層に、根強い人気があると思います。

ぼくも、時間さえ許せば、毎日でも見ちゃう。何度見てもどきどきする。
「あのシーン、もう一回見よう」そういう見方もできる。非常に困る。危険なテレビドラマですが、おかげで人生が豊かになりました。

ひとつだけ言いたいことは、このドラマでは、「あらすじ」は無意味だということ。
フェロウズ氏が言うとおり、細部を楽しむことができる人、一人一人の人間の内面に興味を持つことができる人にとって、ダウントン・アビーは、すばらしいワインです。

しかし、日本語字幕をどうするのか、というのが心配なところですが。
なにしろ1900年代初めごろの英国貴族の英語、非常に丁寧で繊細な、言わば文学的な言い回しがいっぱいです。そして庶民の英語も当然あります、
一方で、字幕翻訳には、長さの制限があります。しかし、このドラマに限っては、ハリウッド映画の字幕のような「現代簡略日本語スラング」を使うと、大変に妙なことになります。
でも、画面の広さにも、時間にも限りがある。うーん。どうなりますか。

ちょっとだけ、直訳してみます。貴族の若い女性と、やや身分の劣る若い男性がワインを飲んでいる場面です。雰囲気が伝わるといいのですが。。直訳ですので悪しからず。
(ヴィデオを見ながらの聞き書きなので、自信がありませんが)
Lが女性、Mは男性です。

(夜、ダイニング・ルーム。二人が、テーブルでワインを楽しんでいる)
L 「あなたは、物事の礼儀について、うるさくありません?ちがいます?」
M 「あなたはどうなんです?」
L 「あなたが思われるほどでもありませんわ・・・ 
スィビルを救ってくださってありがとう。とても勇敢なのですね。
あなたが、あの男を殴り倒した、と聞きました」
M 「義務を果たせたのなら、よかったです」
L 「あはたは義務に従う生き物なのですか?」 
M 「完全にそうだとは言えません」
L 「あなたがわたくしといっしょに、笑ったり、ふざけたりしていらっしゃる時も、あなたは義務を果たしているわけですか?慣習に従って、世間から期待されることを、そのまま行っているわけですね」
M 「わたしを遊び道具にするのはおやめなさい。わたしが何をしました?あなたに言われたくはありません」
L 「スィビルを傷つけたら、許しませんわよ。彼女は、あなたを好きになり始めているんですから」
M 「あなたがそういうことになる(人を好きになる)とは、誰ひとり思わないでしょうね」
L 「それはわかりませんわ」
M 「あなたの言うことすべてに、からかいの響きがあります」
L 「ご自分に自信を持たれたほうがよろしいと思いますわ」
M 「思い出させてさしあげましょうか。わたしがここに初めて来た日、あなたはわたしを形容して、非常に選び抜かれた(つまり残酷な)言葉を使われました。
あの言葉は私の記憶の中に、あなたが言われた、あの日そのままに、今でも、鮮やかに生きているのです」
L 「何度も申し上げましたでしょう?私の申し上げることを、本気になさってはいけませんわ」(キスする) 
 
「ダウントン・アビー」(シーズン1~4)についての記事は、今のところ全部で六つです。ブログ右側の「ラベル」の「ダウントン・アビー」をクリックすると、全部一度に読めます。
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2011年9月5日月曜日

「形見」 

上の蟹は、あのとき頂いたものです

■2009/11/16 (月) 

「形見」           山田リオ

リトル東京には日本人があつまる
多くは高齢の移民の人たち
いくつかの古びた食堂があるなかで
そういう高齢の日系人のために
400円で定食を出している店があって
ぼくはその店で昼食をとっていた
となりのテーブルで定食を待っているおばあさんが
青い紙でなにかを折っているのを見ていると
それはだんだんに出来上がってきて
青い蟹であることがわかったから
「ああ蟹だ」とぼくは言った
そこでおばあさんとぼくは
二人顔を見合わせ笑った
定食がきてそれを食べ番茶をのみ
立ち上がろうとすると
となりのおばあさんが笑いながら
あの青い蟹の折り紙を
ぼくの手に握らせてくれた
お礼を言って蟹を胸のポケットに入れ
もう二度と会わないかもしれない人に
お辞儀をしてから店を出た
胸のポケットの中には青い蟹がいる
わたしは黙ってリトル東京を歩いた
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2011年9月4日日曜日

イランのシャツ

 
これは、木綿のシャツです。
レーベルが分からない言葉なので読んでもらったら、イラン製ということでした。古着屋で、一目で気に入って、買いました。もちろん手織りです。色の具合も、肌触りのやわらかさも、申し分のないシャツです。でも、気が付けば、なにか食べ物のしみが付いていますね。責任者は、ぼくです。 

今住んでいる国は、移民の国なので、世界中のさまざまな国から来た人に出会います。
イスラム世界から来た人とも、知り合う機会があります。ニューヨーク時代に親しかった羅紗戸さんは、レバノンから来た人でした。

この街に来て、イラン人の健さんとの出会いがありました。
健さんは、奥さんと小さかった娘さんを連れて、イランから日本に来ました。
日本で十年働いて、娘さんが小学校六年生のときにビザの更新ができなくなり、一家で日本を出て、アメリカに来ました。娘さんは日本で育ち、すっかり日本の子になっていたので、ずいぶん悲しんだそうです。健さん一家は、住みなれた日本を離れ、新しい土地で、また一から始めるしかありませんでした。

初めて健さんと会ったとき、彼の日本語が上手なのに驚きました。
電話で話していると、完全に日本人です。
「そうですね。わたしの好物は、やっぱり今でも、カツどんと、カレーパンですね」
などと言います。
彼の人生には困難もありましたが、健さんは、今では、すっかりアメリカにも慣れて、小さな会社を経営しています。娘さんも、もうすぐ大学生です。
今でも一家三人で、日本食を食べに行くのが、健さんの楽しみです。Copyright ©2011RioYamada

2011年8月31日水曜日

波のあしあと

こんなに美しい線は
人の手では描けない
海は沖のほうから
ゆっくりとやってきて
そのあしあとを
渚に残していった
それはほんの一瞬で
すぐに次の波がやってきて
洗い去ってしまう
きれいに消されて
二度と眼では見ることができない
それがすべての美しいものの
宿命

     山田リオ

2011年8月29日月曜日

昼食

今日の昼食は、お気に入りの
ビストロで、軽いフレンチでした。






気取らない、静かなところなので、
最近、ときどき行きます。





お昼なんで、サラダ・二ソワーズ、
ニース風サラダ。オリーヴの実、ツナなど、盛りだくさんのサラダです。
そしてもちろん。定番のオニオン・スープ。
タマネギ、上の黄色いのは卵ではなくて、チーズ。
そして切ったバゲットを入れてオーヴンでゆっくり焼いてあります。 
こうなると、もうまるっきり「ブログ」という雰囲気なのだ

2011年8月27日土曜日

洗車


車で走っていたら、
遠くにあやしいものが・・・



なんだなんだと近づいて見れば。
道路の真ん中に穴があいて、巨大な水柱。
水道管が破裂したようでした。

だからなんだ、と言われると困りますが。

洗車が無料でできました・・

2011年8月24日水曜日

日向子

                                山田リオ
NHKの朝ドラマ、「おひさま」、ぼくも見ています。
もう出てこなくなったけど、赤ん坊の日向子(ひなこ)をやっていた、
俳優ではない、プロの赤ん坊の人です。
キャストに名前が出ていないんですけどね。

赤ちゃんなので、もちろん演技はしません。ぜんぶ本当。
だから、演技している大人の俳優さんたちは、全員束になっても、
ひなこちゃんの、あの魅力にはかないません。
ひなこちゃんは、ただ、そこで生きていた。
ただ、自分を抱いている人の眼を見る。一心に見る。
自分に話しかけている人の眼を見る。魂の底から、ただ一心に見つめる。
おとなのしぐさや、手の動きを見る。
まるで魔法を見る人のように見つめる。

ぼくは、息が止まるような思いで、あの赤ちゃんを見ていた。
あのひなこちゃんのように、今の一瞬をあれほど一心に生きることができたら。
もうあの子はドラマの中では大きくなって、他の子役さんに替わってしまったけれど、
ぼくはたぶん、ずっと、あの名前も知らない赤ん坊の眼を、表情を忘れないだろう。

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2011年8月20日土曜日

万太郎、夏の句



ふりしきる雨となりにけり蛍籠(ほたるかご)

亡き人に肩叩かれし衣替え

神田川祭りのなかを流れけり

抜け裏をぬけうらをゆく日傘かな

運不運ひとの上にぞ雲の峰

わが老いの業はねむれず明けやすき

月も露も涼しき永久(とわ)のわかれかな

ひとりむしいかなる明日のくるならむ

短夜の明けゆく水の匂いかな    短夜(みぢかよ)


       久保田万太郎

2011年8月18日木曜日

Olive


オリーヴに悩みなき日のつづきけり

         (盗作) 

海棠や悩みなき日のつづきけり

七代目三笑亭可楽

というわけで、これが「元唄」です。

さらに、

それにつけても金の欲しさや

と付けると、更にややこしいことになります。  
                      山田

2011年8月17日水曜日

Paella Valenciana










ヴァレンシア風パエリアを作りました。
サフラン、かなり入れたつもりだけど、足りなかったらしい。色が薄い・・・

材料は、鶏、ハマグリ、蝦、イカ、小さいサザエ、
アオヤギの小柱、以上です。
貝の力は絶大であります。

2011年8月16日火曜日

易

 
中国から来た偉い易の先生に会えるというので、
その老人が滞在するというホテルに行った。

老人の前に座って、何の質問もなく、
姓名、生年月日を書かされた。
そしてぼくの面相、手相を見る。
しばらくして、おもむろに老人が言う。

「おかしいですな。あなたはすでに死んでいますな。」
ケンシロウのようだな、と思うが、黙って聞く。
更に、「五年ほど前にあなたの運勢は尽きた。そこからは、何も見えない。今はもう生きているはずのないあなたがここにいる。」
そこで、2008年に起こったことを話した。
「なるほど。あなたは科学の進歩で生きているわけですな」
「しかし、だからといって、いつまでも生きるわけではない」
「楽しく生きなさい。一分一秒を楽しんで生きることだけを考えなさい」
「ではさようなら。あなたに幸運を」




2011年8月15日月曜日

夜明けの月

 今朝は、雲ひとつない快晴です。

このところずっと朝は雲が厚かったので、
こんなふうに夜明けの月が見えるのは久しぶり。

風が吹いていないので、木の葉が動きません。
暑くなりそうな予感がします。

散歩の人とすれちがう時、
みんなぼくの眼を見ます。
眼が合ったら、そのまま、
お互いの眼をしっかり見て、
「おはよう」を言います。

木の下闇は、オリーヴの樹。



2011年8月13日土曜日

カフェ・ラテ

だいたい¥4,500
毎日、早朝に一時間ほど、散歩するようになった。
今年は変な天候で、八月になってもジューン・グルーム。
 つまり、ジャカランダの咲く六月の天気が、
そのままつづいている。
朝は曇って涼しく、昼ごろになってから太陽が顔を出す。
朝の六時ごろの温度は15度前後。湿度は極めて低い。
コースが決まっているような、いないような。
その朝の気分で選ぶ。
できるだけ車の走っていない道を選んで歩く。
その理由は、写真の、新しいソニー・ウオークマンだ。
イヤフォーンがそのまま本体になっている。ほとんど重さを感じないほど、軽い。
PCから音楽ファイルをダウンする。72時間という大量の音楽を入れておけるから、助かる。
コードなし。ポケットに入れなければならない本体もなし。
ただ、車があんまりうるさいときはヴォリュームを上げるわけで、それは耳に負担なので静かな道を選ぶことになる。早朝の冷たい風が心地よい。
高温多湿のニューヨークのあなた、すみません。
さらに高温多湿のジャカルタや東京のあなた、ほんとうにごめんなさい。
では、ちょっと行ってきます。帰りには角の店でカフェ・ラテを飲むのが楽しみ。
(ソニーさんからは、一円も頂いていませんよ)

2011年8月10日水曜日

落花生

                 


落花生。らっかせい。
堅い殻に二個ずつ入っているのが、落花生。
それを割って、なかにある茶色い薄皮をまとった、
あれがピーナッツ。
あれ、食べ始めると止まらないんですよね。
外の殻を割るという行為、それから薄皮を剥いて食べるという、一連のプロセスが、なぜかどうしても止まらない繰り返しへとつながる。

ところで、最近、すごく気になっているのが、テレビのトークショウなどを見ていると女性のゲストが出てきますね。
そういう人でも、また、ニュース番組などで町の通行人に短いインタビューをする時でも、ほら、話しながら、まるで前髪が眼にかかって、視界の邪魔であるのを、払いのけるように、軽く頭を振って「ぱさ」ってやる動作、あれです。
あれが気になり始めたんです。恐れ入りますが、今、ちょっとやっていただけます?はい。それそれ。ありがとう。

テレビではなく、実際に仕事などで女性と話しているとき、この「髪ぱさ首ふり」に出会った場合、困ります。見ちゃうんですね。ああ、やってる。またやった・・・

なかには、髪の毛が止めてあったり、固めてあったりで、いくら頭を振っても、髪の毛は微動だにしない場合もあって、それでも、またしばらくすると、あの「首ふり運動」をする。これをする人が、多くなっているような気がする。気のせいかしら。

もちろん、この「首ふりパサ」をやる男性もいます。
だからこれは、一応、男女無差別の行動と言えましょう。

ところが、見ていると、これを全くやらない女性もいます。
こういう強い意志というか、『世間の風潮に流されない』人を見ると、年齢や美醜に関係なく、「いいなあ」と思います。

おそらく、あの「首ふり」行為は、みんながやってる流行という側面もあり、また「美しいヘアと優雅な動き」の表現でもあり、そしてまた「ピーナッツを食べるのがやめられない」に似た、強迫性神経症にも似た側面もあるんじゃないでしょうか。

見ていると、さっき首ふりをしたのに、またしたくなって、でも我慢をしているのがわかる人がいます。「ああ、やりたいんだな」と、見ていて思う。
そうなると、話題なんか聞こえなくなって、集中して首ふりを待ちます。
そうやって見ていると、「ほら、やった」、やっぱり「ぱら」をするんです。
あれは、そういう行動サイクルに入ったら、もう、止まらないみたいですね。
ほら、今これを読んでいるあなたも、「ぱら」をやりたくなったでしょ?

え?ぼくですか?ぼくは「ぱさ」ってやるほど、毛髪を所有していないのでね。
もしかして、そのせいで、豊かな髪の人たちが気になるのかも。
でもさ、非常に毛髪の乏しいお父さんが、それを忘れて「ぱさ」とか、首ふりをやったら、おかしいね。
                     山田リオ        
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2011年8月5日金曜日

俳句その三

スイカを食べている人を見ている

静かなおだやかな音楽のなかにいる

便器を磨く間だけの平和

去っていった人いまここにいる人

真夏日がつづいて甘いトウモロコシ

今日もまた気が付けば雨を思っている

途方に暮れているのに笑っていた

言葉のない音楽を浴びている

ヒアルロン酸洗顔クリームで歯を磨いた

どんなに一人でもまた人と出会う
               山田リオ 
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2011年8月2日火曜日

「真夜中のパリ」

                              山田リオ
ウディー・アレンの映画「真夜中のパリ」見ました。
興行収入を考えたら、絶対に作れなかった映画。ただただアレンがほんとうに好きな世界を映画にしたら、 こうなるという映画。
ブニュエル、ピカソ、ダリ、ヘミングウェイなどなどあの時代の芸術家が総出演。好きな人はたまりません。採算度外視に拍手。

 キャシー・ベイツがガートルード・スタイン役。その他、出演はドガ、ゴーギャン、ロートレック、マティス、T.S.エリオット、ルイス・ブニュエル、ヘミングウェイ、ピカソ、ジョセフィーン・ベイカー、コール・ポーター、ああ、書ききれない・・・そうそう、マン・レイも登場します。 
 ピカソが出てきたときは映画館ですが思わず「わーー!」って言った。ただのそっくりさんじゃない。あぶない眼。野獣の存在感。キャスティングも演出もすごい。
あれは40代 のピカソと思われる。
「青の自画像」よりだいぶ年とって禿げが始まってるすだれ頭。

もう、見ていると、いろいろ考えちゃった。これ、おそらく、自分が一番好きな映画かも。
でもなあ、マルクス・ブラザースの「オペラの夜」も死ぬほど好きだし。うーん・・・
アレン、ほんとに心から楽しんで作った、「手作りの宝石」のような映画であります。
こういう、「一人の思い」を映画にした作品を作ることは、今では多くはありません。

最後に、骨董品店の店番の女性役のLéa Seydoux(レア・セドゥー)という女優さんですが、おすすめです。お見逃しなく!

2011年7月31日日曜日

俳句その二

しゃべるしゃべる二つの耳はただの飾り

珈琲ぽたぽた落ちる今が花

紙袋からもれる白桃のかおり 

白桃を剥いて切った指の香

ナンをください料理はあとでいい

食べ終わって出されたクミンを噛む

夜の駐車場を風が抜けていく

暗い道のどこかにたしかにジャスミン

だれかがアラブの楽器を弾いている夜
                  山田リオ

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2011年7月21日木曜日

痛風の詩

おおおおお
あああああ
なんて痛いんだ経験したことのない痛み
かなり痛い思いをしてきたと自負していたんですがね
右足の中指の関節が明太子になってしまった
まあ痛いとは聞いていましたが
こんなに辛いのは想定外だったですよ
想像を絶するというのが正しい表現だ
靴下をはいても、当たるから、はだしで生きる
靴なんか論外
そこで草履を買いましたさ
ハナオのついたビーチサンダル
これならどうにか少しだけ歩けないこともないかもしれないが
それにしても何故なのか
ビールなんかぜんぜん呑まないし
レバーの焼き鳥を食べた記憶も遠い昔のことだ
あんずのジャムは、ほんの一口食べただけなのにな。

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2011年7月18日月曜日

杏 その②

杏 その②

あとでまた、2kg買い足して、合計4kg買いました。あんず4kgで、なんと全部で900円でした。生産者には申し訳ないですが、杏は時期が短いので出荷が集中するんですね。それで安くなっちゃう。杏をまず、生で食べてみましたが、「こんなに美味しいものを、はたしてジャムにしてしまっていいものだろうか?」と思うほど甘く、香りがあるあんずでした。さて、結局、2kgずつ二回にわけて煮ました。一回目はライム多めで、砂糖少な目、二回目は砂糖多めで、レモンを少しだけ。干すときと、煮るあいだに, うんと水分が蒸発するので、出来上がると、4kgあったのが、出来上がりは1.5kg以下になります。これはあとで入れた砂糖の重さを入れると、5kg以上あったわけですが、減るもんです。で、450gの瓶で3本、出来ました。瓶とふたは、もちろん熱湯消毒。出来上がったジャムを一晩冷蔵庫で冷やしてから、パンとバターで食べました。驚くほど美味しい。どっちが好きかは、好みですね。市販のジャムは概して甘すぎるので、最初の砂糖少な目は新鮮です。砂糖が少ないせいで、色は薄い。二回目のは、こちらは、濃いあんず色に仕上がりました。シルクロードの杏ジャムに近い味です。(手前味噌)

2011年7月17日日曜日

あんず (1)



朝、買い物に行ったら、杏を売っていました。
糸井重里さんの杏のジャムのレシピを読んで、「うまそうだな」と思った直後だったので、2kg買いました。ジャムに必要なレモンのかわりに、ライムも買いました。
ライムは果汁だけ使うので、皮で香油を作ります!ジャムができたら報告します。

2011年7月16日土曜日

ねむの木(抜粋)

 ところが、そのときはもうそらがいっぱいの黒い雲で、楊も変に白っぽくなり、
山の草はしんしんとくらくなり、そこらはなんとも言われない恐ろしい景色にかわっていました。
 そのうちに、いきなり上の野原のあたりで、ごろごろごろと雷が鳴り出しました。
と思うと、まるで山つなみのような音がして、一ぺんに夕立がやって来ました。
風までひゅうひゅう吹きだしました。
 淵の水には、大きなぶちぶちがたくさんできて、水だか石だかわからなくなってしまいました。  
みんなは河原から着物をかかえて、ねむの木の下へ逃げこみました

 (略)外はもうよほど明るく、土はぬれておりました。家の前の栗の木の列は変に青く白く見えて、
それがまるで風と雨とで今洗濯をするとでもいうように激しくもまれていました。
 青い葉も幾枚も吹き飛ばされ、ちぎられた青い栗のいがは黒い地面にたくさん落ちていました。   空では雲がけわしい灰色に光り、どんどんどんどん北のほうへ吹きとばされていました。
 
(後略。さあ、作者と出典、わかりますね?)

2011年7月8日金曜日

あの町

                             木村信子
自転車に乗って家を出た    
野良ではまだ近所の人達が働いていたがあたりはもううす暗かった    
わたしは誰にも声をかけられないようにうつむいたままぺたるを強く踏んだ    
わたしはあの町へ行くのだ    
追い剥ぎの森を通り    
すすきの原を通る頃はもう夜だろうから    
自転車はその辺にあずけておけば弟が取りに来てくれるだろうから    
電車に乗って行こうと駅をさがしたが見あたらないので    
きいてみたらこの村には駅などないと言う    
そんなはずはないのだ    
この村はわたしの生れ育った村でわたしは前にも駅から電車に乗って
あの町へ行った事があるのだから    
自転車を押して歩いていると    
たのしかったわねえという声がして    
可愛いこどもが二人走って来た    
見たことがないこどもなので    
この村に遊びに来たのときくと    
ここはあの町よと不思議そうにわたしをじろじろ見た    
するとこどもの頃のわたしがあの町へ遊びに行ったまま帰らなかったことに     
気がついて    
早くさがしに行かなければと思って    
それから大人になってからのわたしは一度もあの町へ行った事がないのに
気がついて    
おかあさんおかあさんと泣いているこどもの頃のわたしの声がきこえてきて    
それを追いかけても追いかけても追いつけないで    
わたしはどこまで行ってもこの村から出られないようだ

2011年6月27日月曜日

言葉にできないもの

言葉にすると、失われてしまう、そんな物もあります。

詩を書いているのに、言葉を否定するとは。
困った人です。(^苦^)

たとえば、テレビも、番組によっては、音声を消して見ています。
そうすると、映像に集中できるので、非常にいい具合です。

そうやって見ていらっしゃる人、意外に多いんじゃないかしら。

つたわりますか


最近、強く思っていることがあります。

でも言葉にできません。

いま、ここに800字くらい書いたんですが、やっぱりうまく言えないので、削除しました。

どうでしょうか。つたわりましたか?



                                                 




2011年6月21日火曜日

リスさんの悩み


六月三日の日記で書いた、リスさんのことです。
アーモンドをあげていますが、その場で座って、両手で持って食べることもあり、また、頬袋にアーモンドを入れたまま、どこかに行ってしまうこともあり、お気に入りの場所に埋めることもあります。

それは、金柑の木を植えた、大きな植木鉢で、その左側のところに穴を掘って埋めています。
湿ってしまうから、埋めると美味しくないのにとは思いますが、説得するのは困難です。

ところが、たまに、リスさんが、金柑の鉢の土を掘り返していることがあります。
鼻の頭を泥だらけにして、一心不乱に掘っています。
「あれ?変だな。たしかに埋めた筈なのに・・」
という思い入れで堀りますが、アーモンドは、いくら掘っても出てきません。


それは、埋めていなかったか、または、もう掘り出して食べてしまって、忘れているのか、
わかりませんが、リスさんは、あまり記憶力が良くはないらしく、どうもよく憶えていないようなのです。
ただし、
埋めた場所だけは、忘れないようです。

そういうときは、しかたないので、特別に、アーモンドをあげます。
「はい。アーモンドだよ、おいで。」
そう言ってドアの中から呼ぶと、走って敷居のところに座ります。
ドアは開いているので、家の中に入ることができますが、それはしないで、お行儀よく敷居の際で正座して待っているところは、まるで、お茶会の客のようです。

2011年6月17日金曜日

速報

最近、庭にいると、ときどき、視界の隅をよぎるものがある
気になっていたが、探しても見つからないので、わからなかった
昨日の夕方、やっと発見。ツタの葉陰に白いものが・・・
近寄って見た。数秒のあいだ、おたがいに見つめあって
それから、小さい白いものは、草むらに逃げ込んだ
なんとハツカネズミだったのだ
白い、おなじみのハツカネズミなんだけど、薄茶色のまだら模様が入っていた
どこからやってきたのやら。鳥の餌に惹かれたのか・・

翌日、肥料などを入れるプラスチックの箱を動かしたら、いました。ハツカネズミ。
枯れ葉を集めて、丸い、小鳥の巣に似た巣をつくって、その中で寝ていました。汗

2011年6月8日水曜日

名残の



若葉がだいぶ出てきたので
花も、もうすぐ終わりです
曇りの日々も、あとすこしで
五ヶ月の、日照りの夏が始まります