ラベル の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年2月4日水曜日

花に嵐のたとえもあるぞ 

サヨナラだけが人生だ

                 井伏鱒二 (1898~1993)

2024年4月24日水曜日

さまざまの事おもひ出す桜かな    松尾芭蕉 (1644~1694)



© rio yamada



2019年3月29日金曜日

だれひとり

 
散ってしまった。

止められなかった。

誰ひとり、止めることができなかった。

花は、力ずくで、散ってしまった。

今となっては、もう、遅い。

                       山田リオ

2019年3月26日火曜日

だれひとり



咲いてしまった。
止められなかった。
誰ひとり、止めることができなかった。
花は、力ずくで、咲いてしまった。
今となっては、もう、遅い。

                       山田リオ

2019年2月14日木曜日

           やまだりお
すこしだけ 雪が降った日に
すこしだけ いいことがあって
おいしい食べ物を 食べて
だれかと 笑って 話して
そういう 日が
ダンゴムシにも あって
だれかと ちがうから
だれかに きらわれる
そういうことが あっても
だれかに やさしくされても 
なにがあっても なにもなくても
ダンゴムシは 気にしない
明日は 来ないかも しれないから

「ありとあらゆる どんなものも ことも
なにもかもが すべて かならず 過ぎ去る
だから なまけないで 生きなさい」
          (ブッダ最後の言葉) 

2017年4月8日土曜日


明日ありと思ふ心の仇桜夜半に嵐の吹かぬものかは 

                                  親鸞
rio yamada photo


2017年3月30日木曜日

こよいあふひとみなうつくしき



野山さくらが枝に雪降りて花おそげなる年にもあるかな
                                                    
吉野山去年のしをりの道かへてまだ見ぬかたの花を尋ねむ

世の中を思へばなべて散る花のわが身をさてもいづちかもせむ

吉野山やがて出でじと思ふ身を花ちりなばと人や待つらむ

ねがはくは花のもとにて春死なむその如月の望月のころ

                                                               西行法師

行かむ人來む人しのべ春かすみ立田の山のはつざくら花

                                                               大伴家持

いそのかみ古き都を來て見れば昔かざしし花咲きにけり

春霞たなびく山の桜花 うつろはむとや色かはりゆく 

                                                              詠み人知らず

清水へ祇園をよぎる桜月夜今宵逢ふ人みなうつくしき                     
                      
                                       与謝野晶子

わが胸をのぞかば胸のくらがりに桜森見ゆ吹雪きゐる見ゆ

かすかなる風ある空かさくらばな雪片のごともしばし宙舞ふ

しんしんと頭の底にも陽は差してそこも桜の無惨の白さ

花朽ちて沈みてゆきし野の井戸の無明無の水深想ふ

                                    河野裕子