2011年7月8日金曜日

あの町

                             木村信子
自転車に乗って家を出た    
野良ではまだ近所の人達が働いていたがあたりはもううす暗かった    
わたしは誰にも声をかけられないようにうつむいたままぺたるを強く踏んだ    
わたしはあの町へ行くのだ    
追い剥ぎの森を通り    
すすきの原を通る頃はもう夜だろうから    
自転車はその辺にあずけておけば弟が取りに来てくれるだろうから    
電車に乗って行こうと駅をさがしたが見あたらないので    
きいてみたらこの村には駅などないと言う    
そんなはずはないのだ    
この村はわたしの生れ育った村でわたしは前にも駅から電車に乗って
あの町へ行った事があるのだから    
自転車を押して歩いていると    
たのしかったわねえという声がして    
可愛いこどもが二人走って来た    
見たことがないこどもなので    
この村に遊びに来たのときくと    
ここはあの町よと不思議そうにわたしをじろじろ見た    
するとこどもの頃のわたしがあの町へ遊びに行ったまま帰らなかったことに     
気がついて    
早くさがしに行かなければと思って    
それから大人になってからのわたしは一度もあの町へ行った事がないのに
気がついて    
おかあさんおかあさんと泣いているこどもの頃のわたしの声がきこえてきて    
それを追いかけても追いかけても追いつけないで    
わたしはどこまで行ってもこの村から出られないようだ

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