ラベル 八木 重吉 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 八木 重吉 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018年5月30日水曜日

八木 重吉 ④

悲しみ

かなしみと
わたしと
足をからませて たどたどとゆく

草をむしる

草をむしれば
あたりが かるくなってくる
わたしが
草をむしっているだけになってくる

雨の日

雨が すきか
わたしはすきだ
うたを うたおう



虫が鳴いてる
いま ないておかなければ
もう駄目だというふうに鳴いてる
しぜんと
涙がさそわれる

水や草は いい方方である

はつ夏の
さむいひかげに田圃がある
そのまわりに
ちさい ながれがある
草が 水のそばにはえてる
みいんな いいかたがたばかりだ
わたしみたいなものは
顔がなくなるようなきがした



雨は土をうるおしてゆく
雨というもののそばにしゃがんで
雨のすることをみていたい

                        八木 重吉(1898 - 1927)

2016年10月11日火曜日

八木 重吉 ②

秋のひかり

ひかりがこぼれてくる
秋のひかりは地におちてひろがる
このひかりのなかで遊ぼう



窓をあけて雨をみていると
なんにも要らないから
こうしておだやかなきもちでいたいとおもう




ながい間からだが悪るく
うつむいて歩いてきたら
夕陽につつまれたひとつの小石がころがっていた


草に すわる

わたしの まちがひだつた
わたしのまちがひだつた
こうして 草にすわれば それがわかる

草をむしる

草をむしれば
あたりが かるくなってくる
わたしが
草をむしっているだけになってくる



秋はあかるくなりきった
この明るさの奥に
しずかな響があるようにおもわれる

無題

ナーニ 死ぬものかと
児の髪の毛をなぜてやった

                八木 重吉(1898-1927)

2015年11月27日金曜日

八木 重吉




ながいこと考えこんで
きれいに諦めてしまって外へ出たら
夕方ちかい樺色の空が
つめたくはりつめた
雲の間に見えてほんとにうれしかった

冬の野

死ぬことばかり考えているせいだろうか
枯れた茅のかげに
赤いようなものを見たとおもった


八木 重吉(1898 - 1927)