2018年6月24日日曜日

そばにいるひと

         山田リオ

なぜぼくが
たとえば あの人の詩ばっかり
何度も何度もくりかえし 読んでいるのか
それは あの人に ある時 
出会ってしまったからで
出会ってからというもの
ぼくが 生きていくなかで 
いつも そばにいてくれて
ぼくが すくわれてきたからで
それは あのひとの詩 ばかりじゃないんだけど

出会ったのは だれに薦められたわけでもなく
じぶんで ひとりで
そのひとと 出会って
それから 読むたびに
つらくなったり かなしくなったり
気持ちが楽になったり たすかったり
そういうことが あってから

きがつけば また読んだり 
あのひとのことを 思い出したり
つまり ああいう いくつかの言葉だけではなく

あのひとが 生きたことや なにもかもが 
ぼくの いきていることの 一部になったのです
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2018年6月22日金曜日

花芙蓉


花の写真を撮るのは
気がすすまない
でもなぜか
撮った 

この時期は
気持ちが沈むから
それでかな
花芙蓉

花の俳句も
あまり好きじゃない
夏の海も
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2018年6月20日水曜日


ムラサキシジミ
完璧な 無私
蝶は 

自分が 美しいことを
知らない 
ただ 林の中に消えて行く

      ジャック・ケルアック(1922 – 1969)
      訳:山田リオ 

2018年6月16日土曜日

尾崎放哉 ⑭


一日物云はず蝶の影さす

               尾崎放哉(1885-1926)

         (おざきほうさい、無季自由律俳句)

2018年6月15日金曜日

梅雨寒


どっちみち梅雨の道へ出る地下道

                        池田澄子(1936~)



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タカラモノ。
写真は、子供の頃、祖父に貰ったガラスの文鎮です。
直径、約6cm。
祖父が何時、どこで手に入れたかは知りません。 やまだ

2018年6月10日日曜日

鐡齊

須耐煩書

「須く煩に耐うべし」(すべからくはんにたうべし)

「面倒なことでも、我慢してやりなさい」

                   大正十年一月 八十六歳 

 鐡齊錬 (富岡鉄斎 1837-1924)

2018年6月7日木曜日

放哉

https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEhjDbkI72Ccv1Tvf6W09hu0zSL9y8dTv4ovKJsqs1EVpc_80uVZBwZHkIF8Pa5mv7It9i6ve1f7dZ_eWXUabkuoJPKwCNtaVP-p4YDlBKs9g5nFjYcVZUwMmd8eeKAsGBnmcRnSmtvxdYmq/s200/spiderDoingFine+-+%25E3%2582%25B3%25E3%2583%2594%25E3%2583%25BC.jpg 
蜘蛛もだまって居る私もだまって居る


              尾崎放哉(1885-1926)