2021年3月1日月曜日

牧歌

私は、暗い森を相続したが、めったには行かない。でも、いつの日か、死者と生者は入れ替わる。その時、森は騒ぎ始めるだろう。私たちには、希望がないわけではない。たくさんの警官の努力にもかかわらず、最も重大な犯罪が解決されないままにあるけれど、同じように、私たちの人生のどこかに、大きな愛が、解決されないままに存在する。私は暗い森を相続したが、今日、私は別の森を歩いている。それは光溢れる森だ。全ての生き物が歌い、蠢き、振動し、這い回る!春が来て、空気は非常に強い。私は忘却という大学で学位を得た、そして、物干しのシャツのように、私は、何も持っていない。

       「牧歌」トマス・トランストロメル(スエーデン)山田リオ訳




           


 

2021年2月20日土曜日

今しばし死までの時間あるごとくこの世にあはれ花の咲く駅              
                                                                 小中英之 (1937~2001)

rio yamada photo, February 21, 2021


2021年2月17日水曜日

 しばしばもわれに虚ろのときありぬ うしろにかならず猫が来てゐる

                    小島ゆかり


長谷川潾二郎(1904-1988)



2021年2月16日火曜日

しごと

 こころよく我にはたらく仕事あれ それを仕遂げて死なむと思ふ

             石川啄木(1886~1912)


2021年2月10日水曜日

夜明け



まだ夏は始まってないサンダルを片方置いて逃げたっていい

みぞおちに猫をいっぴきのせたまま眠る夜明けは少しつめたい

                   嶋田さくらこ




2021年2月9日火曜日

パン

重いパン 堅いパン 

重くて そして 堅いパン

ライ麦の味と香りのする

噛んで噛んで また噛んで 

ゆっくりと 味と香りを楽しんで 食べる

わたしにとって たいせつな パン                   山田リオ

rio yamada


2021年2月8日月曜日

 針の穴一つ通してきさらぎの梅咲く空に抜けてゆかまし

               馬場あき子

rio yamada


2021年1月31日日曜日

人生

 人生については、あまり真面目に考えないことだ。

どうせ、生きては出られないんだから。

           エルバート・ハバード (1856~1915)  山田リオ訳



2021年1月30日土曜日

ミラボー橋

もう 時間がない

過ぎ去った時も もう

愛もまた 戻ってこない

ミラボー橋の下 セーヌは流れる

            

          ギヨーム・アポリネール 山田リオ訳




           




2021年1月28日木曜日

可楽

■2011/04/01 (金) 

*海棠や悩みなき日のつづきけり

夕月や青田をわたる風の色

片耳はコオロギに貸す枕かな

枯蓮に師走の水の動かざる

さりながら死にたくもなし年の暮
                   七代目三笑亭可楽(1886~1944)

                      海棠(かいどう)



2021年1月22日金曜日

 なき人のかたみにたてし寺に入りて跡ありけりと見て帰りぬる 

                       西行法師(1118~1190)

2021年1月21日木曜日

 白砂をひかりのような船がゆきなんてしずかな私だろうか

             笹井 宏之(1982~2009)


2021年1月20日水曜日

 ひとが死ぬニュースばかりの真昼間の私はついにからっぽの舟



                                                  笹井 宏之(1982~2009)






2021年1月16日土曜日

背後

 第155段(略)死期は序でを待たず。死は前よりしも来らず、予て、後ろに迫れり。人皆、死有ることを知りて、待つ事、しかも急ならざるに、覚えずして来たる。沖の干潟、遥かなれども、磯より潮の滿つるが如し。

(死は、順番では来ない。死は前からは来ない。気がつく前に、背後から忍び寄る。みんなは死について知ってはいても、すぐに来るとは思わないで、のんびりしている。しかし、死は、知らないうちに、もう、すぐそこまで来ている。干潟がずっと遠くまで見通せているせいで、足元に潮が満ちて来ているのに気がつかないのと同じだ。)

               徒然草より、吉田兼好(鎌倉時代末期〜)


2021年1月14日木曜日

わが家の犬はいづこにゆきぬらむ今宵も思ひいでて眠れる

                  島木赤彦



2021年1月8日金曜日

 

2016年6月29日水曜日




              山田リオ



最近、思うんだけど、
人一人の生命と、蟲一匹の生命は、同じ重さなのか。

どれほどの名声を残そうと、どんなに大きなビルを建てようと、
全巻96冊の作品全集を残して逝こうが、
死んでいく時には、わたしたちは何一つ持っては行けない。
燃えるゴミか、燃えないゴミか、どっちかになるしかない。 
蜘蛛がどんなに立派な左右対称の巣を作っても、
夜のあいだに雨が降れば、朝にはその巣は消えている、
それと同じことだ。

猫のまわりに、猫の中に、
すごく巨きな平安を、平和を感じることがある。
木の枝で鳴いている小鳥を見ていると、小鳥のしあわせを思う。
こっちの勝手な思い込みだろうか?
壁にとまっている、いつもの蜘蛛をどんなに見ていても、
そこに何の苦しみも、葛藤も感じることができない。 
それは、こっちが鈍感なせいか?

それに比べて、わたしたちの心のなかに吹き荒れる嵐は、なにごとか。
あの蟲、鳥獣蟲魚の心の中にも、私たちと同じような暴風雨があるのか。
訊いてみないとわからないことだが、
窓の外の小鳥の答えは、おそらく明快だろうと思う。

それもこれも、すべては、こっちの思い込みか?Copyright©2016RioYamada

2021年1月5日火曜日

初夢

rio yamada photo
久しぶりに、母が夢に出てきた。

夢の中で住んでいる家は、

上へ上へと昇るような家で、

ふたり、長い梯子を見上げている。

その長い梯子を登っていくと、

その上のてっぺんは closet になっている。

だから、それは、Walk-in closet ではなく、

つまり、Climb-up closet なのだった。

母と二人、その長い梯子を見上げている。

           山田リオ



2020年12月31日木曜日

あはは

 毎日、笑っていたい。それだけ。

それ以上のことは、願わない。望まない。



2020年12月25日金曜日

辞世

 

2018年9月9日日曜日


あの世からスマホで打つわ極楽なう
                say少納言

あなたらの気持ちがこんなにわかるのに言ひ残すことの何ぞ少なき
                           河野裕子
 

後の世も又後の世もめぐり会へ染む紫の雲の上まで
                                         源義経

この世をばどりゃおいとまに線香の煙とともに灰左様なら
                         十返舎一九
人魂(ひとだま)で行く気散じや夏野原 
                  葛飾北斎

葬式無用 戒名不用
         白洲次郎
     

余白

 



コーヒーの香りをデスクに置いたまま朝までひとりの余白に眠る
                             
                   大西久美子

           (「イーハト-ブの数式」より)

2020年12月24日木曜日

他人本位

 2014年11月16日日曜日

今までは全く他人本位で、そこいらをでたらめに漂よっていたから、
駄目であったという事にようやく気がついたのです。
私のここに他人本位というのは、自分の酒を人に飲んでもらって、
後からその品評を聴いて、それを理が非でもそうだとしてしまう
いわゆる人真似を指すのです           
           夏目漱石(1867 - 1916)

2020年12月21日月曜日

とうとう 2014

2014年7月22日火曜日    山田リオ


石には 石だけが 待っている 時があった
アザミは アザミで ゆれていた
ミンミンゼミは ミンミンゼミだけの 唄を

雲は 別れた 風とも 空とも 別れた
 

みんな ひとりで 時のなかを
ひとり ゆれながら 行った
ひとりは ひとり 唄った
ひとりは 別れた ひとりで? ほんとに?
 

みじかい ことば ちいさい ことば
とうとう さいごまで

言われなかった ことば は
とても 広かった 大きかった
 
          Copyright ©2014RioYamada

2020年12月20日日曜日

ひとつひとつの小石の物語が山嶽へとつながっている

         W.S.マーウィン(1927~2019)山田リオ訳


2020年12月14日月曜日

のちのおもひに

夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に                                                         
水引草に風が立ち
草ひばりのうたひやまない
しづまりかへつた午さがりの林道を

うららかに青い空には陽がてり 火山は眠ってゐた
そして私は
見て来たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた

夢は そのさきには もうゆかない
なにもかも 忘れ果てようとおもひ
忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには

夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう
そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう
            
                     
 立原道造(1914~1939)


2020年12月9日水曜日

猫の

はるのよい かってしったる へいのうえ

たづくりは はにくっついて たべにくい

はととった こともあったな いまはむり

         (ねこはい)南伸坊(1947~)

きにいったひとは「ねこはい」のほん、かってね。ぶんこです。680えん。




2020年12月8日火曜日

また茂吉

雪山にむかひて歌を読まむとすしょぼしょぼとせる眼をもちて

                  眼(まなこ)

歌ひとつ作りて涙ぐむことあり世の現身よわが面をな見そ

                  現身(うつせみ)面(おもて)

全けき鳥海山はかくのごとからくれなゐの夕ばえのなか

            斎藤茂吉(1882~1953)

2020年11月28日土曜日

茂吉

わが生はかくのごとけむおのがため納豆買ひて帰るゆふぐれ

辛うじて机のまへにすわれども有りとしも無しこのうつしみは

             斎藤茂吉(1882~1953)


2020年11月26日木曜日

合掌

 人生は笑って生きるだけでいいんです。


         関 頑亭 (1919~2020)

2020年11月22日日曜日

後悔

仕事をしている間は、夢中で、非常に楽しい。

とくに、豊かな内容の原稿が来て、

それを、楽しみながらあれこれと考え、

書き、読み返し、書き直し、訂正し、

あれこれ工夫して書く時間は、本当に楽しい。

あっという間に時間が、日々がすぎて行く。

出来上がってしまって、原稿を送った後は、

大切なものを失ったようで、淋しい。

そんなことなら、もっと時間をかけて、

ゆっくりやるんだった、と後悔する。

でも、また仕事が来ると、

もう、楽しくて、どんどんやってしまう。

そして、仕上がってから、また、後悔する。

むづかしいものだ。

ところが、ときには、というか、しばしば、

送ってしまった後で、失敗に気がつく。

まったく、自分は、不注意で、愚かなやつだ。

しかし、後悔しても、もう、遅い。

でも、後悔。   やまだ

2020年11月19日木曜日

バーボン

夢を見た。夢の中で、スコッチウイスキーを呑んでいる。

呑みながら、夢の中で、思い出した。

そうだ、Yさんが持ってきた、バーボンウイスキーのボトルがあったな。

夢の中で、そう思っている。

目が覚めてから、気がついた。

そうだ、Yさんは、もう、いないんだ。

バーボンがまだ少し残っているボトルを置いて、「また呑みにくるから」

そう言って、Yさんは帰った。

でも、Yさんは二度と来られなくなった。

あのバーボンのボトルは、あの時のまま、呑まずに置いてある。

Yさん、気が向いたら、また来てくださいね。いっしょに呑みましょう。   山田