2025年1月4日土曜日

壁の花

                 山田リオCopyright©2009RioYamada


五月の第一日曜日 ケンタッキーダービーの翌日は

毎年 マリーの家の 昼食会に行くことになっている

庭一杯の 数百本のツツジは 今年も変わらずに美しい

築山の奥 広い芝生で もう クロケーを始めた人たち


日差しが強い 帽子をかぶってきてよかった

そう思いながらみんなと挨拶 おっと 帽子を取らなきゃ

レスターが亡くなって 六年 マリーは もう大丈夫だ

樫の木陰に仮設のバー そこで 冷たい飲み物をたのむ


気持ちのよい風が吹く 五月の朝のカンパリ・ソーダ

開け放ったダイニングルームには様々なチーズが並んで

ハモン・セラノの生ハムとフランスパンのサンドイッチ

右手にはワイングラス 左手には サンドイッチのお皿


音楽は聞こえない マリーはこんな時 音楽をかけない

鳥が啼いている なんの鳥だろう 音楽よりも好きだな

ダイニングルームの壁 小さな油絵の額がかかっている

沈んだ赤の色 花の絵 なんだか胸が痛くなるような絵


いつの間にか マリーが 僕のすぐ後ろに立っている

僕の肩に手を置く 手の温もりが肩につたわってくる

「これは、レスターが好きだった絵なの。」

すこし ふるえるような 小さな声で言う


見ると マリーは ルドンの花の絵を見ている

まるで 幼い少女のような表情で

「ここで食事をしていると、レスターが悪戯するのよ。

あの絵が、ときどき、カタカタ、って鳴るの。」


あの ラヴェルのパヴァーヌの 王女ような 

清らかな表情で マリーはつづける

「静かに。もうすぐ、あの絵が鳴るから・・そうしたら・・」 

その美しい老婦人と私は 壁の小さな花の絵を見つめて 耳を澄ませた



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