初めての草むらで眼を丸くして何かを思い出している猫
時計から兎の駆けてゆくやうな気配がしても誰にも言ふな
六月の雨が両手を伝ひつつわが深層へ雫するのだ
六月の雨が両手を伝ひつつわが深層へ雫するのだ
ひとときの出会ひのために購ひし切符をゆるく握りしめたり
なんといふしづかな呼吸なのだろう 蛍の群れにおほはれる川
白砂をひかりのような船がゆき なんてしずかな私だろうか
気のふれたひとの笑顔がこの世界最後の島であるということ
顔をあらふときに気づきぬ吾のなかに無数の銀河散らばることを
さあここであなたは海になりなさい 鞄は持っていてあげるから
あをぞらの青が失はれてしまふ汝を抱きしめてゐるあひだにも
落花生食む度に落つ甘皮に人の残せるは何ぞと問ふ
ひとが死ぬニュースばかりの真昼間の私はついにからっぽの舟
ひとが死ぬニュースばかりの真昼間の私はついにからっぽの舟
おそらくはあなたにふれていたのです 浜昼顔の眠りのなかで
夕立におかされてゆくかなしみのなんてきれいな郵便ポスト
太陽の死をおもふとき我が生は微かな風を纏ふカーテン
ほんとうにわたしは死ぬのでしょうか、と問えば杉並区をわたる風
あなたとの日々をゆっくりOFFにしてそれきり電池切れのリモコン
祝祭のしずかなおわり ひとはみな脆いうつわであるということ
百年を経てもきちんとひらきますように この永年草詩篇
笹井 宏之(1982-2009)
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