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2024年2月23日金曜日

万太郎


冬籠つひに一人は一人かな

佇めば身にしむ水のひかりかな
 
雲の峰あたり人かげなかりけり

わが胸にすむ人ひとり冬の梅

何か言へばすぐに涙の日短かき

汝も我も凡夫の息の白さかな

こしかたのゆめまぼろしの花野かな

             久保田万太郎 (1889~1963)

© rio yamada


2023年3月19日日曜日

花冷え 再録

 

花冷えの箸まなかつをむしりけり

花冷えのマスクをかけて眉の濃き

花冷えの閉めてしんかんたる障子

花冷えの打つだけの手はうちにけり

花冷えの雨にならんとしてなれず

          久保田万太郎(1890-1963)

2021年9月20日月曜日

過去

 こしかたのゆめまぼろしの花野かな

              久保田万太郎(1889~1963)

2021年8月16日月曜日

川

 短夜(みじかよ)のあけゆく水の匂いかな

          久保田万太郎 (1889~1963)

2021年5月18日火曜日

梅雨寒

いつの間に世に無き人ぞ梅雨寒し

                                                  (さて、誰の句だっけ・・)

              


2019年11月6日水曜日

初霜


門の辺の八つ手の霜を思ふかな

かどのべのやつでのしもをおもうかな

       久保田万太郎(1889~1963)


 

2019年8月13日火曜日

川


短夜のあけゆく水の匂かな      短夜(みじかよ)

          久保田万太郎(1889-1963)

2019年8月11日日曜日

雲

Rio Yamada Photo

運不運人の上にぞ雲の嶺

       久保田万太郎(1889-1963)

2019年3月25日月曜日

花冷え


花冷えの箸まなかつをむしりけり

花冷えのマスクをかけて眉の濃き

花冷えの閉めてしんかんたる障子

花冷えの打つだけの手はうちにけり

花冷えの雨にならんとしてなれず

          久保田万太郎(1890-1963)

2019年3月2日土曜日

雨

花にまだ間のある雨に濡れにけり

        久保田万太郎

2018年12月14日金曜日

冬籠 万太郎


菊枯れて枯れてあとかたなかりけり
秋しぐれいつもの親子すゞめかな
歌舞伎座のうしろに住みぬ冬の空
かぞへ日となりし日ざしや青木の実
しみじみと日のさしぬける冬菜かな
柴垣を透く日も冬に入りにけり
いまは亡き人とふたりや冬籠
なにがうそでなにがほんとの寒さかな
すべては去りぬとしぐるゝ芝生みて眠る

           久保田万太郎 (1889-1963)

2018年7月5日木曜日

万太郎 夏の句 再録


ふりしきる雨となりにけり蛍籠(ほたるかご)
亡き人に肩叩かれし衣替え

神田川祭りのなかを流れけり

抜け裏をぬけうらをゆく日傘かな

運不運ひとの上にぞ雲の峰

わが老いの業はねむれず明けやすき

月も露も涼しき永久(とわ)のわかれかな

ひとりむしいかなる明日のくるならむ

短夜の明けゆく水の匂いかな            *短夜(みぢかよ)


       久保田万太郎(1889-1863)

2018年5月7日月曜日

万太郎


東京に江戸のまことのしぐれかな

何がうそでなにがほんとの露まろぶ

ぬけうらを抜けうらをゆく日傘かな

おもかげをしのぶ六日のあやめかな

こしかたのゆめまぼろしの花野かな

一生を悔いてせんなき端居かな

余命いくばくもなき昼寝むさぼれり

すべては去りぬとしぐるる芝生みて眠る

           久保田万太郎(1889-1963)

2018年3月3日土曜日

万太郎



久方の空いろの毛糸編んでをり

門の辺の八つ手の霜をおもふかな

しろきものおちて来りぬ去年今年  去年(こぞ)

うつぶせにねるくせつきし昼寝かな

枯野はも縁の下までつづきをり

煮大根を煮かへす孤独地獄なれ

たましひの抜けしとはこれ、寒さかな

雨凍てて来るものつひに来しおもひ

死んでゆくものうらやまし冬ごもり

何おもふ梅のしろさになにおもふ

一生を悔いてせんなき端居かな   端居(はしゐ)

すべては去りぬとしぐるる芝生みて眠る

世に生くるかぎりの苦ぞも蝶生る

冬ごもり閉じてはあける目なりけり

さがす人ここにも見えず走馬灯

こしかたのゆめまぼろしの花野かな   こしかた(来し方)

                    久保田万太郎

2017年3月29日水曜日

花冷え

 花冷えの雨のひときは濡らすもの 

花冷えの閉めてしんかんたる障子 

花冷えのみつばのかくしわさびかな

花冷えのうつだけの手はうちにけり

花冷えのうどとくわゐの煮ものかな
 
                  万太郎

やすらへば手の冷たさや花の中
                  岡本松浜

命二つの中に生きたる桜かな

さまざまのこと思い出す桜かな
                  芭蕉


 

2012年8月30日木曜日

万太郎、夏の句 (再録)


ふりしきる雨となりにけり蛍籠(ほたるかご)

亡き人に肩叩かれし衣替え


神田川祭りのなかを流れけり


抜け裏をぬけうらをゆく日傘かな


運不運ひとの上にぞ雲の峰


わが老いの業はねむれず明けやすき


月も露も涼しき永久(とわ)のわかれかな


ひとりむしいかなる明日のくるならむ


短夜の明けゆく水の匂いかな


       久保田万太郎

2012年1月19日木曜日

雪中庵龍雨、久保田万太郎 再録

 
■2007/12/03 (月) 
雪中庵十二世、益田龍雨

とんだ勘違いをしていたことに気が付きました。
万太郎の一中節を掲載して、その流れで俳句も、と思って俳本を見ていたら、

「繭玉の霞むと見えて雪催い」
(まゆだまのかすむとみえてゆきもよい)

とあって、「雪中庵十二世、益田龍雨」、とありました。
万太郎と思いこんでいた好きな句は、実は、龍雨の作でありました。
実に申し訳ないことをしてしまいました。合掌。

龍雨を検索しても、ほとんど出てきませんね。
龍雨で思い出すのは、寄席の句です。
落語家のみなさん、なんとかなりませんか?
マスコミが無視するものは、自動的にこの世から消え去ってしまう、というのであれば、ネットが存在する意味がなくなります。
江戸最後の俳人、龍雨が忘れ去られてしまうのは、あまりにも悲しいことです。
かく言うわたくしも、龍雨を忘れかけていた一人ですが。

龍雨、万太郎の句を併せて掲載します。    山田

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講釈場すくなくなりし袷(あわせ)かな     

叉一つ寄席なくなりし夜寒かな

一生を前座で通す夜長かな

 さびしさや師走の町の道化者

死ぬことも考へてゐる日向ぼこ

春の灯や立花亭の雪の傘

繭玉(まゆだま)の霞むと見えて雪催い(ゆきもよい)  益田龍雨

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短夜(みじかよ)のあけゆく水の匂いかな

神田川祭りの中をながれけり

枯野はも縁の下までつづきおり

湯豆腐やいのちのはてのうすあかり

鮟鱇もわが身の業も煮ゆるかな

雪掻いている音ありしねざめかな

ほとほととくれゆく雪の夕(ゆうべ)かな

まゆ玉や一度こじれし夫婦仲

まゆ玉にさめてふたたび眠りけり

死んでゆくものうらやまし冬ごもり

春の雪待てど格子のあかずけり   (二月二十日、長男耕一、死去)

何か世のはかなき夏のひかりかな       久保田万太郎

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 2007年11,12月
■2007/11/29 (木) 雪まろげ 「雪まろげ」
一中節、久保田万太郎

水仙の 香もこそ師走 煤はらふ
ことぶき さても あけぼのの
空にのこれる 雲の凍(い)て

かくれ住み 門(かど)さしこめし 老いの身の
見まじ 聞くまじ 語るまじ
心ひとつに 誓へども
葦の枯葉を 渡る風
こぎゆく舟に 立つ波や
日かげ やうやく薄れきて
またもや 雪となりにけり 

数ならぬ 身とな思ひそ 亡き人よ いま亡き人よ
おもかげは 君 火をたけ よきもの見せむ 雪まろげ
よきもの見せむ 雪まろげ

【注:「君火をたけよきものみせむ雪まろげ」は芭蕉の句です。
「雪まろげ」とは、雪を丸める子供の遊びで、
万太郎の「雪まろげ」は言うまでもなく、芭蕉を題材にした一中節ですが、
この詩には、晩年の万太郎を残して逝った最愛の女性に語りかける万太郎がいます。】

ところで、2011年以前の詩日記は、ブログアーカイヴ「2011年5月」のページに保存してあります。