2014年9月29日月曜日

背中が痒い

                        山田リオCopyright ©2014RioYamada

病院の待合室というところは、なんとも言えない、
人生の交差点でございますな。
 座って、順番を待っておりますと、実にいろいろな人がやってきます。
一人で来るひと、杖をついて帰る人、夫婦で、親子で来ている人、
車椅子を誰かに押してもらっている人、眠ったままの人。

やっと検査がおわりまして、薬をいただき、会計を終えて、帰ります。
なにをするにも、待つのが病院というところでね。
でも、ここの病院は非常に能率よく出来ておりまして、余所に比べれば、
もう、いたって楽なもんでございます。

バス停に行き、バスを待っておりますと、妙齢のご婦人(推定八十ン歳)が、
ベンチのお隣に座ります。

みょ「あの、仲御徒町は、ここで?」
やま「上野行きはここです。御徒町で降りれば、仲御徒町は近いと思いますよ」
みょ「あの、日比谷線に乗るんで、仲御徒町から乗りたいんです。こないだ、上野で降りましたら、地下鉄の日比谷線が遠くて、遠くて・・・で、今日は一人で来ましたので、仲御徒・・」
やま「仲御徒町という停留所は、ないと思うんですが、御徒町でお降りになれば・・」
みょ「日比谷線で、北千住まで行きますんで、仲御徒町でないと。こないだ、上野から乗りまして、なにしろ駅が広くて、歩いても歩いても、日比谷線がありませんで・・」

なんて話をしておりますうちに、バスが来ましたので、二人とも乗車いたします。 

みょ「最近、主人が亡くなりまして、付き添いの方がいらっしゃったんですが、こないだも、わたくし一人で、この(ト、高齢者無料券を見せ)券が今月30日で切れますので、それで、こういうもの(ト、パスモを見せ)もいただきまして・・」

などと話しておりますうちに、バスは上野広小路を過ぎ、御徒町に着きます。
妙齢女史を促して、バスを降りますと、地下鉄の入り口は、目と鼻の先でございます。
階段がひじょうに急ですので、

やま「ゆっくりね、ゆっくり降りましょう」
みょ「はい、はい・・・でも、すみませんねえ、送っていただいて」
やま「いえいえ、もう、わたしなんか、ヒマですから」

それにしても、階段の長いこと。そして、かなりの急勾配。目もくらむばかりでございます。
やっとのことで、地の底に着き、日比谷線の改札を探し、やっとのことで見つけ。
それにしても、このせつ、地下鉄に乗るのも楽じゃありませんな。
それから、パスモの使い方を教え、忘れないように、説明しまして、

やま「一度でいいんですからね。ピッと鳴ったら、もう通っていいんですよ」
みょ「どうもご親切にありがとうございました。また病院のほうで、お目に・・」
やま「いえいえ、ではお気をつけて・・」

ト、お辞儀をして、妙齢のご婦人とのお別れをしました。
もう、お会いすることもないかもしれませんが。
でも、私だって、先のことはわからないんで。

いやね、けっして、親切の自慢をしたいわけじゃないんで。
誰もがする、当たり前のことですが、妙齢さんと別れたあと、いろいろ考えちゃったんでね。
それを話そうかな、と、急に思いまして。

近頃じゃ、福祉の充実とかで、なんでも、お国や自治体がやって下さるそうですが。
でも、へそが痒い、背中が痒い、そういうときに、自分で掻けないこともあるわけで、そんならね、
だれでもいいから、そばにいる人が掻いてあげるのがよろしいかな、と。
なにもさ、区役所に電話して、掻き係りの人を呼ばないでも、
だれでもいいから、近所の、若いもんがさ。と、まあ、そう思いました。

そうすれば、背中を掻かれたほうの方も、気持ちがいいんで。
そう言う具合にいけば、お年寄りだって、暮らしやすいんじゃないかと。

たしかに、スマホに集中、とか、誰よりも先に改札を通過したいとか、お気持ちはわかりますが。
ちょっと、時間のおありになるときで、よろしいんで、(揉み手)
若い方々も、どうかよろしく、とお願い申し上げまして、このへんで。
長々と、失礼をば。(お辞儀)
Copyright ©2014RioYamada


2014年9月24日水曜日

吾往矣

自反而縮 
雖千萬人 
吾往矣   
                         孟子
 

みずからをかえりみてなおくんば、
せんまんにんといえども、われゆかん。

(振り返って、もし自分が正しいと思うなら、
敵が千人、万人であっても、自分は一人で戦おう。)

2014年9月22日月曜日

雨の夜(再び)


              山田リオ

一晩中 雨の音が聞こえていた
それを聞きながら
ああ

いいな
これを聞くために
ぼくは 生きていたんだな
これを聞くために
ぼくは 帰ってきたんだなって
そう思った

  Copyright ©2014RioYamada

PS 静かな雨の夜になりましたね。
まったく、いい晩ですねえ。
ところで、写真の左手奥、
遠ざかって行く黒い後ろ姿のあなたは、だれ? 

2014年9月21日日曜日

なみだこぼるる



何事のおはしますをば知らねども 
かたじけなさに涙こぼるる

                       西行法師

2014年9月19日金曜日

期待

一人こっちを見てる


あなたが、だれにたいしても、
なにひとつ期待しなければ、
あなたはけっして失望することがない。

      シルビア・プラス(詩人) 1932-1963


あなたが、だれにたいしても、自分自身にたいしても
何にたいしても、人生にたいしても、なにひとつ期待しなかったとしても、それでも
あなたは、やっぱり、結局は、失望するだろう

          山田リオ

(いま、Max Ernst のほうをふりかえって、
「あなたはどう思います?」と尋ねたら、 
すぐに「うん、うん」と二度返事したよ。 at 23:53)

(更に数日後の深夜、ここで本を読んでいたら、またMax氏が、なにか言ってる。
気がついたら、そのとき読んでいた本の作者が、彼と同じ国の人だったのさ。)

2014年9月12日金曜日

Stand




Stand up for what you believe, 
even if it means standing alone.


信じることのために立ち上がれ。
たとえそれが 孤立を意味するとしても。

2014年9月7日日曜日

駱駝の匣

                     山田リオ Copyright ©2014RioYamada

正確には、駱駝(ラクダ)の骨で作られた匣(はこ)だと、
これを譲ってくださった方が、自信満々で、そう言いました。
その男性は、そのとき、たぶん素面(しらふ)だったと思います。

どういうわけが、古い小匣が好きで、
自然に、匣のほうが、ぼくに寄ってきます。
数多く集めているわけでもなく、
手に入れば、愛着がでて、
ためつすがめつ、こすったり、磨いたり、
また眺めたり。
大事な小物を入れたり、出したり、
目に付くところに置いたり、移動したり、
まあ、そんな感じであります。

アラビア半島ではないか、
と素面氏は言っていますが、
ぼくはひそかに、西域、それこそ、
シルクロードの産物ではないかと、
何の根拠もなく思っています。

駱駝の骨かも知れないし、牛骨かもしれない。
薄く切った骨を貼り付けて、そのうえに、毛彫りでアラベスク模様が描かれています。
今は、それなりに嬉しく、時間がたつにつれて、さらに嬉しさが増していくのが、
古い匣を手に入れて、持っていることの喜びではあります。
驢馬の次は自然の流れで駱駝になりました。さて、駱駝の次に来るのは何でしょうか。

こういう所有欲、玩物喪志、煩悩は、所有者の死によって終わるものでもなくて、
そういう惑乱はまた別の人間にバトンタッチされることもあり、
また可能性としてはこいつが燃えるゴミとして姿を消すことも当然あるわけですが
結局はまた大自然や宇宙に還っていくのは間違いのないことであります、はは、ははは。
                                         Copyright ©2014RioYamada

2014年9月6日土曜日

驢馬と共に天国へ行くための祈り 

■2010/09/30 (木) 
Francis Jammesフランシス・ジャム(フランス)
                                          訳;山田リオ Copyright ©2010RioYamada  
 

わたしがあなたのもとに召される時、

主よ、わたしは祈ります
どうか、その日が安息日で、埃っぽい道を

わたしが、この世での旅をする時とおなじように
行く道を自分で選ぶことをお許しください
天国へ、昼の星が輝くところにむかって
わたしはステッキを手に、道を行くでしょう
そして、わたしの友である驢馬に言います
「わたしはフランシス・ジャムだ、そしてわたしは天国に行くんだ。
慈愛深い主の御国(みくに)には、地獄なんか無いからね」
それからわたしは驢馬たちに言います
「おいで、わたしの、青空のやさしい友、
虐待や蜂、蝿から自分を護るのに、耳をパタパタさせたり
首を振るくらいのことしかできない、かわいそうな友」              
どうかわたしを驢馬たちと共に

主よ、御国にお召しださい 
かれらも、あんなにおとなしくお辞儀をしていますから
小さい足を、あんなふうにやさしく揃えて           
あなたの慈悲をお願いしておりますから          
わたしが天国に着きますときは
何千という驢馬の耳を従えて                       
みんな、背中に籠を背負い、あるいは木の車を引いて    
羽根ばたきや、台所用品や、でこぼこのバケツも背負い
お腹の大きな雌驢馬たちは、立ち止まったり、つまづいたり
あんなに渦を巻いて、酔っぱらいみたいに唸る蝿が     
背中の湿った青い鞍ずれの傷に集まるので             
あんなふうに白い足先を振って追い払おうとするのです       
主よ、どうかわたくしを、あの驢馬たちと共にお召しください       
天使たちに導かれ、やすらかに
木陰の小川にほそやかなサクランボの枝が              
少女たちの笑いのように揺れる主の国の、魂の天国で          
聖なる水の流れに首をさしのべる                    
そんな驢馬たちを、わたしは見ます                     
あの驢馬たちの、謙虚なやさしい貧しさが            
主の永遠の愛とおなじように、わたしには、くっきりと見えるのです。   

Copyright ©2010RioYamada

2014年8月19日火曜日

至福

 08/17/2014          山田リオCopyright ©2014RioYamada

昼日中、陽射しを避け、高架下の薄暗がり
闇市の匂いの残る店々を覗きながら
ゆるゆると、好きな蕎麦屋のほうへと歩いて行く
この、至福の時。

まだ早いかな、と思ったので

そうだ、ちょいっと昼飯前の前菜を
と、角を右に曲がったら

もうそこが、肉の大山さんの店だ

この店は午前11時に開店だから

もうすでに、路上で呑んでる人がいる
大枚120円也を握りしめて、列に並ぶ
順番が来たら、「やみつきメンチひとつね」「あいよ」

という手続きを経て、小銭と熱々のメンチを交換する

メンチを手に持って店を出、路上の日陰で、食う
揚げたての熱いメンチ。肉屋のメンチだから、ラードで揚げてある
この香り。この味。これぞ至福の時。
食べ終わり、口を拭い、文字通り何食わぬ顔で

十歩ほど歩けば、もう、その角っこが上野の藪
 

冷房の効いた店内に入り、席に通され
いつも通り、せいろの大盛りを注文する
冷たい蕎麦茶の香りも、いつも通り
今しがた、そこでメンチ食って来たことは、誰一人知らない
やがてせいろが運ばれ、も、おろし本わさびも、蕎麦つゆ
そして香り立つ蕎麦も、いつも通り
 

ほんとうに美味しい蕎麦なんてものは
このせつ、そうそうあるもんじゃござんせんよ
でも、なんですな。こうやって、上野で、旨い蕎麦を手繰っている
こういうのを、まあ、至福の時、って言うんでしょうな。
Copyright ©2014RioYamada

2014年8月11日月曜日

夏帽子 2000

                  07/14/2000    山田リオ 
                                       copyright ©2000RioYamada

ユニオン・スクエア・パークに行こうと 家を出た

精神状態が良くない でも 人に会う予定がある

仕方なく外に出ると 思ったより 日差しが強い 

そこで いったん家に戻り 夏帽子をかぶる 

気が重い ゆるゆると六番街を歩く 

粗い麻のシャツを着ているから

風は軽々と布地を通りすぎて行く

頭を陽光に焦がされる恐れもなく

駅まで歩いて6番の地下鉄に乗る

14丁目のユニオン・スクエア駅までの間

帽子は取って 膝の上に置いた


ユニオン・スクエア駅で降り 暗い地下世界から

光溢れる地上へと 階段をゆっくりと登って行く 

明るい世界が 街路樹や車やビルが見えてくると

さまざまな肌の色の 男や女 犬も 歩いている

そういうものを見ながら 階段の終点に到達し

そこで立ち止って 一息入れる


今日は 路上マーケットの日だから

いつもより はるかに 人が多い

手作りの袋物や シャツを売る店

鉢植えの 赤いバラや 黄色いバラを売る店

ルッコラ ローズマリー パクチーが並ぶ店 

全粒粉のサワードウブレッドが並ぶ パン屋

少しだけ 心が軽くなってくる

出かけてきて よかった そう思う


誰かが怒鳴る声 みんな そっちの方へ行く

自分も 人の流れに逆らわないで 移動する

イェロウキャブが 自転車の男に衝突したようだ

運転手は南アジアの人らしく なかなかの饒舌だ

警官がやってくる ますます見物人が群がる

たいした見世物でもないのに 


公園脇のバーに入る 冷房がある 喉も渇いた

ハンカチで汗を拭く ここはブラジル人の店だ

褐色の肌の 野生的な顔立ちの女性に

カイピリーニャをたのむ 焼酎に似たピンガに 

ライムを切って入れ 棒で潰して砂糖を加え 

氷といっしょにシェイクしたカイピリーニャ 


隣の席の男はフェイジョアーダを食っている

フェイジョアーダは 大量の黒豆に肉や内臓 

煮込んだやつを どっさり米飯にかけ 

ニンニクと玉ねぎの油もかけたら 

ライス・アンド・ビーンズ共和国

最強の 豆かけご飯で生きる人は

詩と音楽の力によって生かされる


カイピリーニャを呑み終わって 汗が引いたら

わざわざ ここまで出かけてきた理由を思い出した

そうだ すっかり忘れていた 人に会う予定だった 

横目で 他人の昼食を眺めている場合じゃなかった

すでに 約束の時間を過ぎている


急いで道路を横切って 大きな書店に入る 

三階のコーヒーショップで待ち合わせだ

エスカレーターを降り コーヒーショップに入ると

窓際で手を振っている人がいる

その人のところまで歩いて行って 立ったまま帽子を取り

遅れてきた言い訳をしようとすると

その人は すばやく手を延ばし 

私の手から帽子を奪い取って 自分の頭に載せた

「ナイス・ハット。」そう言って その女性は微笑んだ copyright ©2000RioYamada


rio yamada photo




2014年7月14日月曜日

ニジンスキーがぺトルーシュカ

国立新美術館で、
二十世紀初頭のロシア・バレーで使われた
衣装の展覧会をやっているというので、行ってきました。
スゴかった。百年前のバレー衣装なのだ。

最大の目玉は、ストラヴィンスキーのバレー、
ぺトルーシュカで、あのジンスキーが着て踊った衣装が、
そのまんま、展示してあったのだ。
ずいぶん永い間、固まって見ていたのだった。スゴかった。

でね、ニジンスキーの身体は、すごく細くて小さく、子供のようだった。
靴もね、女性用だとしても、今の基準では小さい。(ニジンスキーは男性です)

昔、NYで行った、英国のエドワード8世ウィンザー公爵)の着ていた服や靴の展覧会を思い出した。やっぱり、驚くほど細く、小さかった。
あの時代、世界中の人が細くて、小さかったわけなのだ。そうなのだ。

あと、オルセー美術館展というのも同時進行でやっていて、
印象派の初期の、モネとか、一度も見たことないのを、たくさん見られたぞ^^。

2014年7月6日日曜日

尾形亀之助  ④

■2010/06/14 (月)

「雨」                尾形亀之助(1900-1942)

四日も雨だ――
それでも松の葉はとんがり

「九月の詩」

昼寝
かうばしい本のにほひ
おばけが鏡をのぞいてゐた

「十二月の路」

のつぺりと私をたいらにする影はいつたい何です
蝶のかげでせうか
それとも 少女の微笑なのかしら
晴れた十二月の路に
私のかげは潰されたよりずつと平らです

2014年6月9日月曜日

眠り(第二部)


               山田リオ

あれから、しばらくの間
だれに肩を貸すこともなく
電車に乗ったりしていたのだが
今朝、しばらくぶりで、動きがあった

早朝、六時すぎ、電車に乗り
空席があったので、そこに座った
わたしのすぐ右にはドアがあって
左には、中学生の女の子が一名

その中学生の、うつむいた頭が
重そうに前に垂れ、それから右に傾き
わたしの肩にではなく、左上腕の前側に触れると
はっと気がついて、体勢を立て直した

しかし、眠気には勝てないらしく
二度、三度、抵抗したあとで、とうとう
あきらめたように、頭の重みを
わたしの左腕に預けてきた

それは、やわらかく、おだやかな重みで
彼女の眠りもまた、おだやかなものだったので
その眠りを受け止めているわたしもまた
同じように、やさしい気持ちになった

電車はやがて、目的の駅につき
わたしは立ち上がって、ドアに向かった
すると、眠っていた少女も立ち上がり
わたしのあとから降りるようだったが
そのあとのことは、知らない。
Copyright ©2014RioYamada

2014年6月6日金曜日

雨音


              山田リオ

一晩中、雨の音が聞こえていた
それを聞きながら
ああ

いいな
これを聞くために
ぼくは生きていたんだな
これを聞くために
ぼくは帰ってきたんだなって
そう思った

  Copyright ©2014RioYamada

PS 写真の左手奥、遠ざかって行く黒い後ろ姿のあなたは、だれ? 

2014年6月1日日曜日

自由律短歌



                      山田リオ


ゲームもラインもしない黒い画面のケータイよ

おまえはわたしを支配できない
 

バス停で知らない人と笑って世間話する自分
は友達がいない
 

どの車両にもいる狂人を避け
混んでいるほうを選べ忘れるな
 

自分のツイートをお気に入りに、
自分で自分にDMする
だれにも見せないツイッター
 

自転車が怖いから裏道を歩く
自転車が来たらもっと裏道へ逃げる
 

戦争はゲームとネットと映画の中
ほんとうに恐ろしいのは、あ。た。ま。
 

キャパみたいに愛して旅して
一発でコナゴナになって死ねたら           

                                      Copyright ©2014RioYamada

2014年5月22日木曜日

あの冬




ニューヨークは寒かった
車のドアが凍った
お湯をかけて、ドアをあけた
河には、流氷

彼岸の詩の
あの冬だ
Copyright ©2014RioYamada

2014年5月21日水曜日

                         山田リオ      

エラと仕事したときは、その名声にただただ圧倒されていたんだ、と
今になれば思う
世間の眼と耳を借りていただけなんだ
自分の耳で聞いていなかった 
有名だからエライんだとwみんなの後追いしていただけ。

今思えば
エラの声は、どうにも明るすぎる
あのころは、自分は若くて
バカだったな
いまでもバカだけどね

ベティのほうは、仕事のときでも気楽に話していた
なんでも話せるおばさんみたいにね
でも、今になって彼女を聞くと、
ものすごいな
と思うよ
とんでもないね
まったくアホで
話にならんわ
オレンジ
ナランハ

そんだけ。
  Copyright ©2014RioYamada

2014年5月20日火曜日

風雨





雨と風の今朝、
思い立って、熊谷美術館に行きました。

こういう日にこそ、行くべきだと思いましたので。

29周年展、
実に95作品、一挙公開。

榧さんのカフェで、まずコーヒーを。

窓の外では、雨の中、スズメたちが楽しそう。
見えないけれど、カエルさんも、
アリさんもいるんでしょう。

ここでは、榧さん作のカップでコーヒーが飲めます。
行くたびに、ちがうカップで出してくださいます。
スプーンだって、 榧さんの自作だぜ。

五風十雨。

これは、もりかずさんがよく書いた言葉で、
「雨が五日ふったら、風が十日間吹く、
生きるとはそういうことだよ」、
という意味だと思います。 
だから風雨の日に、もりかずさんを訪問することは、
ぼくにとっては意味があるのです      山田

日々の食事に事欠き、次男陽が肺炎で幼くして命をおとした。
亡骸を前に熊谷は陽の姿を描き始めた。しかし、息子の亡骸でさえ、
描く対象としてしか見ていな い自分に愕然とし、筆をおいた。
十分な治療を受けさせることも出来ずに失った幼い命。
それでも熊谷は、売る為の絵を描くことはできなかった。  





2014年5月19日月曜日

慈愛

149
母がその独り子を命を賭けて守るように 
一切の生きとし生けるものに
無量の慈しみの心を持つべし
鳥にも獣にも蟲にも魚にも草木にも
そして人にさえも
全世界に対し
無量の慈しみの心を持つべし 
全てのものに、恨みなく、敵意なき
慈しみを行うべし
立ちつつ、歩みつつ、座しつつ
眠らずいるかぎり
常に変わることなく
慈しみの心を保ち
そして、慈しみを行うべし     (釈尊の言葉)

2014年5月13日火曜日

鰍沢

 
突然ですが。
藤山先生っていう、精神分析のほうでは、
非常に偉い先生がいらっしゃるんですが。
実は、この先生が、俳句をなさるん。
で、この俳句てえものが、
ほんっ                                 

とに、上手いん。 
あんまり巧いのもねえ。
ともあれ、藤山先生、わたくしが大好きな現代の俳人であります
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

衰へて明るき脳や葱の花                                        

写真焼く焔むらさき春の暮

さびしさや焼蛤の噴きこぼれ
 

梅雨寒や高座布団の芯かたき
 

猫死んで桜月極駐車場
 

桜餅餡透けて雨兆すなり
 

思ひ寝のあと草餅のやはらかき
 

草餅の雨の匂ひのしてゐたり

遠くまで行く切符なり冬の雲

紙ほどの薄さのこゑの冬鴎
 

抽斗の闇の矩形の寒さかな
                      藤山直樹
冬鴎(ふゆかもめ)
抽斗(ひきだし)    高座布団(こうざぶとん。寄席の高座で使う座布団)
鰍沢(かじかざわ)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ところで、話変わりますが、
気がついたんですがね。
小林秀雄先生の講演の録音を聞いていてね、
あっ、と思ったん。
これ、志ん生じゃないの。
おんなじ声だよ。この二人。
秀雄と古今亭。
江戸弁もいっしょ。
いや、べつに、だからなんだってわけじゃないんですが。
Copyright ©2014RioYamada

2014年5月5日月曜日

祝祭


                                        
                            山田リオ
「ったくなあ」、と思う。
それほど好き、というわけではないけれど、また見たくなる。
テレビの「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」に出ている蛭子能収さんのことだ。

最近、町歩き、食べ歩き、酒場、旅などの番組などが増えている気がするけれど、あの路線バスの旅での蛭子さんが好き、と言うには語弊があるし、嫌いというわけでもなく、なにか、不思議な生物を観察するような楽しみがある。

ああいう番組に出てくるタレントさんは、ほとんどみんな、仕事の現場で自分が何を求められているかを理解しているものだ。
だから、一生懸命、役割を演じ、行く先々で、町や名所や温泉や景色や食べ物に感動して見せる。それが「仕事」だから。

でも、蛭子さんは違う。タレントとして、番組の要請に答えることを心配することもなく、
いつでも、のびのびと、好き勝手に、自由にふるまっているように見える。

「周囲が、世間が、自分をどう思い、どう見ているのか」、だけを心配しながら育ち、24時間、週七日、一年中、一生、絶えず、世間の眼を意識しながら生きてきた、これは、わたしのことだが、
そういう、普通の人間が持っている心配や、配慮や、自意識から自由な人、それが蛭子能収という稀有の人なのではないか。

そういう珍な人を観察できることは、一種、贅沢でもある。
自分は、あの番組を見ながら、蛭子さんのああいう自由さを、どこかバカにしているつもりでいても、
深いところには、いつも彼を羨望する気持ちがある、と思う。

わたしは、なんとかして、この社会に溶け込みたい、受け入れられたい、という気持ちが、いつもどこかにあるようだ。そのことに、ときどき気がつく。

子供の頃から、学校や仕事や仲間の中で、みんなでパス回しをしながら、でも、わたしは自分ではシュートを打たず、その小社会からはじき出されることがないように、仲間はずれにされないように、 いじめられないように、そして、みんなから受け入れられたいと、いつも願っていた気がする。
そういう中で培われた性癖は、何十年海外に住んでも、消えることはなかった、ということだ。

そういう自分を、どこか疎ましく思う気持ちはあるのだが、思ったところで、幼い頃から身に染み付いたものは、簡単に変えられるはずもない。

一方、蛭子さんはといえば、仕事に飽きれば、「ああつかれた」
心配ごとといえば、「パンツ二枚しか持ってこなかったから、コインランドリーに行かないと」
願いはといえば、「競艇場に行きたいなあ」、「パチンコでもいいや」
そして、おいしそうに、夢中で、大好きな揚げ物を食う。土地の名物など眼中にない。
ダイエットも、栄養バランスも、考えることはない。
眠くなれば、いつでも、どこででも眠る。たとえ撮影中でも。

蛭子さんは、自分と比べると、鳥のように自由だ。
すくなくとも、わたしにはそう見える。

蛭子さんにとって、人生は、祝祭なのか。
そういう祝祭には、孤立も孤独死もなければ、人身事故も、起こりえない。

わたしも、あんなふうに、
自分の人生は祭りだと、そう信じていた時代があった。

もし許されるなら、あの信念を、取り戻したい。
ああいう人に、わたしも、なりたい。
  Copyright ©2014RioYamada


ダービー

■2010/05/02 (日) My Old Kentucky Home

マイ・オールド・ケンタッキー・ホーム  スティーヴン・フォスター                    
                (訳:山田リオ)

ケンタッキーの、あの古い家に陽は照りわたり
時は夏、みんな楽しげで
トウモロコシは実り、野原は花でいっぱいだし
鳥は一日中、歌っている

小さな家の床に、子供たちが寝そべって
みんな、はしゃいで、幸福で、輝いて
苦しい時は終わったと、ドアを叩くものがある
そして、ケンタッキーの古い家よ、おやすみ。

もう泣かないで、わたしのレイディー
今日はもう、泣かないで。
さあ、ケンタッキーの、あの古い家のために歌おう、
いまは遠い、あのケンタッキーの古い家のために

 "My Old Kentucky Home"
by Stephen Foster

The sun shines bright in My Old Kentucky Home,
'Tis summer, the people are gay;
The corn-top's ripe and the meadow's in the bloom
While the birds make music all the day.

The young folks roll on the little cabin floor,
All merry, all happy and bright;
By 'n' by hard times comes a knocking at the door,
Then My Old Kentucky Home, good night!


Weep no more my lady
Oh weep no more today;
We will sing one song
For My Old Kentucky Home
For My Old Kentucky Home, far away


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毎 年、五月の第一土曜日は、ケンタッキー・ダービーの日です。
なにがあっても、この日はこの競馬を見る習慣を、わたしは生涯の大部分、休まず続けてきまし た。
そしてレースの直前、競馬場では、みんなで必ず、この歌を歌います。
競馬とは、切っても切れない縁ですが、この日はことさら、わたしにとって特別な日で す。
一年に一度だけ、この日に、この歌を歌うたびに、涙が流れます。
「ああ、また一年、生き延びた。」そう、声に出さず、自分の中で、言います。 
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2014年5月2日金曜日

眠り

                        山田リオ

電車に乗っていて
偶然、となりに座ったひとが眠りにおちる
そういうことが、最近、三回あった
眠りにおちた三人のひとたちは
みんな、そのとき、ぼくの肩を利用したのだ
そして、偶然だろうか
三人とも、女性だった

最初は、二十歳くらいのひとで
ぼくがとなりに座ると、すぐに体重を預けてきた
寝息をたて、深く眠っているようで
非常に気持ちよさそうなのだが
頭が乗っているので、肩が重い
ある駅に電車が着くと、すっと立ち上がって
何事もなかったように、降りて行った

二人目は、かなり年配の女性だった
何回か、こちらに傾き、また戻る
それを繰り返してから、頭が降りてきた
控えめに、ゆっくりと体重がかかってくる
でも、三つ目の駅で、咳をし始めた
手で口をおさえて、まっすぐに座りなおしてから
そのまま、正しい姿勢で降りていった

三人目の女性は、ほどよい年齢
座ると、眠いらしく、肩が触れてくる
我慢していても、けっきょく、眠気には勝てず
すこし、うつむくように、顔を伏せて
肩に、頭の重さを預けてくる
目的の駅に着くと、なんのためらいもなく
ごく自然に立ち上がって、降りていった

わたしは、といえば
三回とも
眠りに落ちることは、なかった
今までの永い人生の中で
男性の睡眠のために
肩を利用されたことは
まだ、一度もない。              Copyright ©2014RioYamada