2018年8月6日月曜日

Anaïs, Anaïs

              訳:山田リオ

*深く生きる人は 死を恐れない。

*人は 他人を救うことはできない 

ただ 愛することはできる。

*女性の強さを怖れる男たちを わたしは憎む。


*わたしはきっと 人魚
だって わたしは 深さを怖れない
そして 浅薄な生活を 心から怖れるから。

*あなたを 愛すること 
それは わたしとあなたが
おなじ幻想を おなじ狂気を 共有するということを意味する。
                               アナイース・ニン(1903 – 1977)

2018年8月3日金曜日



むっとしてもどれば庭の柳かな

         大島寥太(1718~1787)

気に入らぬ風もあろうに柳かな

         仙厓義梵(1750-1837)

2018年7月31日火曜日

ひぐらし

■2006/08/16 (水) ひぐらし

                        山田リオ
 

ニューヨークに住んでいたころ
近くには川があり 小さい公園もあった
夏の夜 毎年のようにホタルが集まり
あの黄色いようなうす緑のような 不思議な色で光った
それぞれ ばらばら勝手に光るのではなくて
なにか秘密の暗号で 指令が出ているかのように
夜の闇のなか みんなそろって 何百何千のホタルの光が
一度に灯り 揃って消える
そういう不思議な光景を毎年 見に行った
でも ホタルを見に来るのは
わたしたち以外には 誰もいなかったのだ
ホタルの光を見て楽しむのは 日本人だけのようだった

ひぐらしが聞こえる
いまは ひぐらしがしきりに鳴いている
耳の中で 心の奥で
聞こえるはずのない ひぐらしが鳴いている
ここには ひぐらしどころか
セミもホタルも いないのだから
ほんとうのひぐらしを聞いたのは
何十年も昔のことだ
それでも まるで縁側にかかった葦簾(よしず)の外
杉林の奥 峠のほうから また谷から
遠く 近く ひぐらしがひびく

わたしが 逝くときには
涼しい風の通る 夕暮れの座敷で
ひぐらしを聞きながら 逝きたい
畳の上に 横になり
真新しい畳の匂いを 嗅いでいると
ああ 風にのって 遠く 近く
ひぐらしが 聞こえる
そうだ
死に水は よく冷えた冷茶を
あの 紅色の薩摩切子のコップで 呑むことにしよう
Copyright ©2006Rio Yamada

2018年7月27日金曜日

バックミラーの件

             
                                                山田リオ

「人生は一瞬の夢」 だ という
そうだとすると ずいぶん長編の夢だ
スペイン語だと グランデス・スペクタクロ
映画なら 娯楽超大作 一大スペクタクル

希望 失意 僥倖 幸福 破局 絶望 終焉
それなら あれもこれも なにもかもが 
一瞬の夢 だったのか
長いながい ローラーコースター
日本語だと ジェットコースター
ほんとうに あれもこれも 全部 夢なのか
もし そうだとしても たとえば
99パーセントが 夢で
1パーセントくらいは もしかして
夢ではなかった ということも あるかも しれない

それなら それなら 
すわりなおして ていねいに 

順番に 思い出して
夢の分類 を してみようか
ほんの一滴でも いいから
夢ではなかった ほんとうに ほんとうの一瞬を
見つけること

いやいや
後ろを振り返るのは やめよう
時間は 振り返って見るものではない
人生に バックミラーは ついてない
英語では リアヴューミラーだ
前だけ見て ゴールまで
とりあえず 生中 いや
とりあえず 最後まで 
前だけ見て 直進だ   Copyright ©2018RioYamada

2018年7月21日土曜日

アルヘンティナ

■2007/02/11 (日) アルヘンティナ

              山田リオ
アストルの店の中には
アルヘンティナが充満している

入ってすぐのガラスのケースには、いろいろなパンやケーキが並び
その後ろのキッチンでは、ほかのどんな店でも食べられない
アルヘンティナのビーフシチューや
薄く薄く切ったイギリスパンに、ハムやチーズをはさんで
フライパンで焼き色をつける、あのサンドイッチを作っていて

そこでスペイン語しか話さない女の子たちに挨拶して
フランスパンの生地をぐるぐるねじって棒にして油で揚げて
それに粗い砂糖をふりかけた、ブエノスアイレスのドーナッツや
たっぷり熱いミルクの入ったカフェコンレチェをたのんで

奥の広間に入ると、大画面のテレビでは当然フトボル
つまりサッカーを大声で応援する人たちの声が爆発している
その一方で、チェスをしている人たちもいて
その喧騒に混じって、あのピアツォラの音楽が聞こえてくるから
自分は今、カリフォルニアなんかではなく
まぎれもなく、アルヘンティナにいるんだということがわかる

だからここで、喧騒と食べ物とコーヒーの匂いとこの空気の中で
わたしはアルヘンティナ人でもブラジル人でもなく、
中国人でも、韓国人でも、アメリカ人でもないけれど
そして日本人の知人には、おまえなんかもう、日本人ではないと
そう言われるわたしも、ここ、アストルの喧騒の中にひとり座れば
人生は祭りなのだということがわかる、いや
どんな人間にとっても、人生は祭りなのだということを
もういちど、ここでひとり
自分にむかって、言い聞かせよう。Copyright ©2007RioYamada

(注:アルヘンティナはスペイン語で「或善珍」のことです)


2018年7月19日木曜日

もりかずさん


人間というものは、かわいそうなものです。
絵なんてものは、やっているときはけっこうむずかしいが、
でき上がったものは大概アホらしい。
どんな価値があるのかと思います。
しかし人は、その価値を信じようとする。
あんなものを信じなければならぬとは、
人間はかわいそうなものです。     熊谷守一(画家、1880-1977)

2018年7月16日月曜日

遠い渚


ここから波音きこえぬほどの海の青さの
                        
                    尾崎放哉(1885-1926)
                      (おざきほうさい、無季自由律俳句) 
 
いつも、要町にある、もりかずさんの海の絵を思い出す。
あれも、ずっと遠いところで波が砕けているのが見える 
でも、聞こえない Copyright ©2015RioYamada

2018年7月6日金曜日

尾形亀之助

                            (1900-1942)
曇天

遠くの停車場では
青いシルクハツトを被つた人達でいつぱいだ

晴れてはゐてもそのために
どこかしらごみごみしく
無口な人達ではあるがさはがしく
うす暗い停車場は
いつそう暗い

美くしい人達は
顔を見合せてゐるらしい

無題詩

ある詩の話では
毛を一本手のひらに落してみたといふのです
そして
手のひらの感想をたたいてみたら
手のひらは知らないふりをしてゐたと云ふのですと

春の街の飾窓

顔をかくしてゐるのは誰です

私の知つてゐる人ではないと思ふのですが
その人は私を知つてゐさうです

無題詩

から壜の中は
曇天のやうな陽気でいつぱいだ

ま昼の原を掘る男のあくびだ

昔――
空びんの中に祭りがあつたのだ

                                    尾形亀之助(1900-1942)

2018年7月5日木曜日

万太郎 夏の句 再録


ふりしきる雨となりにけり蛍籠(ほたるかご)
亡き人に肩叩かれし衣替え

神田川祭りのなかを流れけり

抜け裏をぬけうらをゆく日傘かな

運不運ひとの上にぞ雲の峰

わが老いの業はねむれず明けやすき

月も露も涼しき永久(とわ)のわかれかな

ひとりむしいかなる明日のくるならむ

短夜の明けゆく水の匂いかな            *短夜(みぢかよ)


       久保田万太郎(1889-1863)

2018年6月25日月曜日

猫 2004

             山田リオCopyright©2004RioYamada 
at 2004 03/11 08:50

人はみんな 人に失望しながら生きていくんだろうか
ある人は 利用するだけの目的で 友達をつくる
ある人は その友達のささやかな成功を憎み ねたむ
ある人は より大きなグループに加わろうとして 友達を裏切り
ある人は 金銭的安定のためだけに 結婚し
ある人は おかまいなしに大きな声で あれこれをしゃべりちらす

そういう人が わたしを失望させるけれど
そういう人に失望するという わたしも
くりかえしくりかえし たくさんの人を失望させながら
自分で自分に失望しながら 生きていくんだろう

でもかりに けっしてわたしを失望させない
そういう人がいたらどうだろうか

きっとその人と 夜が更けるまで語りあって 

疲れたら眠って 目が覚めたら また笑ってさっきの話の続きをしよう
わたしは わたしが好きなもののことを話そう
心屈した時に助け起こしてくれて 

また立って 笑って歩いていけるように 勇気をくれる
そういう わたしのたいせつな物たちのことを話そう

そして その人はきっと
その人がいっしょに暮らしている 猫のことを話してくれるだろう
雨の日に窓の外を見ている猫の 

うしろ姿の輪郭の線のことを
晴れた朝に開いた窓に座って  

一日の初めの うすみどり色の空気の匂いを嗅いでいる
その猫の幸福な表情のことを
ドアのそばでその人を待っているときの 首をかしげた猫の耳や姿勢のこと
呼ばれて返事するときの その猫の声や
柔らかな毛の下の ごつごつした骨のことも
その人のベッドで さっきまで寝ていたけれど
もうむこうに行ってしまった猫が シーツに残したあたたかい手触りのことを
猫のざらざらした薄い舌や ビロードのような掌のことを
硬くとがった柔軟な髭のことを
そしてその猫の 北欧の深い湖のような目の色のことを
くりかえし 話してくれるだろう

もしも そういう人が ほんとうにいたとしたら
わたしは けっして失望することはないだろう
たとえその人にとって わたしがあの猫の何十分の一の価値もなかったとしても
それでも わたしはいつでも微笑んで 心屈することもなく
満ち足りて 生きていけるんだろう
       
Copyright ©2004Rio Yamada
        


2018年6月24日日曜日

そばにいるひと

         山田リオ

なぜぼくが
たとえば あの人の詩ばっかり
何度も何度もくりかえし 読んでいるのか
それは あの人に ある時 
出会ってしまったからで
出会ってからというもの
ぼくが 生きていくなかで 
いつも そばにいてくれて
ぼくが すくわれてきたからで
それは あのひとの詩 ばかりじゃないんだけど

出会ったのは だれに薦められたわけでもなく
じぶんで ひとりで
そのひとと 出会って
それから 読むたびに
つらくなったり かなしくなったり
気持ちが楽になったり たすかったり
そういうことが あってから

きがつけば また読んだり 
あのひとのことを 思い出したり
つまり ああいう いくつかの言葉だけではなく

あのひとが 生きたことや なにもかもが 
ぼくの いきていることの 一部になったのです
Copyright ©2018RioYamada

2018年6月22日金曜日

花芙蓉


花の写真を撮るのは
気がすすまない
でもなぜか
撮った 

この時期は
気持ちが沈むから
それでかな
花芙蓉

花の俳句も
あまり好きじゃない
夏の海も
Copyright ©2018RioYamada         RY

2018年6月20日水曜日

昆虫 2004

2004/12/16 (木) 昆虫

                山田リオ



ハンミョウ
わたしは、昆虫になりたい
本能という神によってプログラムされ入力された手順に従って
考えることなく、しかし間違いなく設計図のままに行動し
孵化し、脱皮し、変態し、食い、交尾し、繁殖し
短い生をまっすぐに生きて確実に死んでゆく
そういう昆虫になりたい

朝露に濡れた草むらに住むセスジツユムシでもいい
ルビーやエメラルドのブローチのようなハンミョウもいい
水辺の妖精のようなクロイトトンボも
青い空をその体に写し取ったようなヤマトシジミもいい
金色と緑に輝くコガネムシでもいい

昆虫はあまり頭は良くないから
明日の生活の心配で眠れない夜を過ごすこともなく
死への恐怖をながながと想像して苦しむこともない
まわりの虫たちが自分をどう思っているかなど考えたこともなく
ただ、愚かに、今日を生きる

昆虫は過去の記憶をたどることもないから
失敗や失望や裏切りや恨みを疲れ果てた牛のように
何度も何度も胃から吐き戻してまた噛み砕き味わうこともなく
誰が良い虫で正しく、誰が悪い虫で間違っているかなどわからない
餌になる虫が来れば殺して、食う。ただ、生きるために。

短い一生をすこしも疑うことも迷うこともなく
後悔も不満も嫉妬も優越感も成功も失敗もなく
愚直に、しかし全力で、まっすぐに
あっという間に走り抜ける
あの昆虫になれたら。 Copyright ©2004RioYamada


ムラサキシジミ
完璧な 無私
蝶は 

自分が 美しいことを
知らない 
ただ 林の中に消えて行く

      ジャック・ケルアック(1922 – 1969)
      訳:山田リオ 

2018年6月16日土曜日

尾崎放哉 


一日物云はず蝶の影さす

               尾崎放哉(1885-1926)

         (おざきほうさい、無季自由律俳句)

2018年6月15日金曜日

梅雨寒


どっちみち梅雨の道へ出る地下道

                        池田澄子(1936~)



************************************************
タカラモノ。
写真は、子供の頃、祖父に貰ったガラスの文鎮です。
直径、約6cm。
祖父が何時、どこで手に入れたかは知りません。 やまだ

2018年6月10日日曜日

鐡齊

須耐煩書

「須く煩に耐うべし」(すべからくはんにたうべし)

「面倒なことでも、我慢してやりなさい」

                   大正十年一月 八十六歳 

 鐡齊錬 (富岡鉄斎 1837-1924)

2018年6月7日木曜日

放哉

https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEhjDbkI72Ccv1Tvf6W09hu0zSL9y8dTv4ovKJsqs1EVpc_80uVZBwZHkIF8Pa5mv7It9i6ve1f7dZ_eWXUabkuoJPKwCNtaVP-p4YDlBKs9g5nFjYcVZUwMmd8eeKAsGBnmcRnSmtvxdYmq/s200/spiderDoingFine+-+%25E3%2582%25B3%25E3%2583%2594%25E3%2583%25BC.jpg 
蜘蛛もだまって居る私もだまって居る


              尾崎放哉(1885-1926)

    

2018年5月30日水曜日

八木 重吉 ④

悲しみ

かなしみと
わたしと
足をからませて たどたどとゆく

草をむしる

草をむしれば
あたりが かるくなってくる
わたしが
草をむしっているだけになってくる

雨の日

雨が すきか
わたしはすきだ
うたを うたおう



虫が鳴いてる
いま ないておかなければ
もう駄目だというふうに鳴いてる
しぜんと
涙がさそわれる

水や草は いい方方である

はつ夏の
さむいひかげに田圃がある
そのまわりに
ちさい ながれがある
草が 水のそばにはえてる
みいんな いいかたがたばかりだ
わたしみたいなものは
顔がなくなるようなきがした



雨は土をうるおしてゆく
雨というもののそばにしゃがんで
雨のすることをみていたい

                        八木 重吉(1898 - 1927)

2018年5月7日月曜日

万太郎


東京に江戸のまことのしぐれかな

何がうそでなにがほんとの露まろぶ

ぬけうらを抜けうらをゆく日傘かな

おもかげをしのぶ六日のあやめかな

こしかたのゆめまぼろしの花野かな

一生を悔いてせんなき端居かな

余命いくばくもなき昼寝むさぼれり

すべては去りぬとしぐるる芝生みて眠る

           久保田万太郎(1889-1963)

2018年5月4日金曜日

よかったら

川口有美子さんの、
難病ALSについてのラジオ対談番組の録音を
「おきにいり」に掲載しましたので、
よかったら聴いてみてください。     やまだ

2018年5月3日木曜日

ねむい

         山田リオ   
風の強い晩に
永い間 沈黙していたアレが
いきなり また 話し始めた
なぜかは しらない
ただ ねむい

2018年4月30日月曜日

なにもしないで

Do Nothin' Till You Hear from Me
(わたしが言うまでなにもしないで)

歌:エラ・フィッツジェラルド
テナーサックス:ベン・ウェブスター
ヴァイオリン:スタッフ・スミス
1956年録音

ベンはいろいろ聞いたけど、これが一番好き。
スタッフ・スミスは、ぼくがNYハーレムのジャズ学校に行ってたときに、
だれかが教えてくれた。今でも大好きなヴァイオリニスト。

2018年4月22日日曜日

狂う


・・・そしてわたしは一生の間、
わたしが惹かれた人たちの後を追いかけて、
酔っぱらいみたいに、よろよろ歩きながら生きてきた。
わたしが惹かれたのは、狂った人たちだった。
狂ったように生き、狂ったように語り、
狂ったように救いを求め、すべてを飢えたように願い、
同時に、そのひとたちは、けっしてあくびなんかしないし、
みんなが言うようなことは絶対に言わない。
ただ、燃える、燃える、燃える、燃える、
ローマ時代の黄色いロウソクが
宇宙にむかって爆発するように・・・
      ジャック・ケルアック(1922 – 1969)
      訳:山田リオ  

2018年4月21日土曜日

Orchid


少なくとも五年ほど 葉っぱだけで
なんだかわからず
ほったらかしておいたのですが
気がついたら 先日 
花が咲いていました
大きな花
蘭 だということはわかります
何という蘭かは 知りません
             やまだ

2018年4月17日火曜日

おやすみ

 「人生は、喜びに溢れた悲劇だ」 
           バーナード・マラマッド(ユダヤ系アメリカ人)

**********************
 体調がイマイチなので、しばらくお休みします。
まだ生きているので、だいじょぶです
                 やまだ

2018年4月15日日曜日

夜の雨 2004

2004/11/22 ()

今晩は雨ですので、特別に掲載しました)

 今晩は雨で、さっき、外を見たらまだちゃんと雨が降っているので、非常に心が落ち着きます、そして雨がうれしくて眠る気にならないので、もうしばらく起きていることにします。

 損と得、ほめられるのと悪口言われること、楽しいことと苦しいこと、好きと嫌い、嬉しいのとイヤナの、全てのことには両方があって、でも、どれもがずっと変わらずにあるのではなくて、全部がかならず変わります、全部がかならず消えます、なくなります。

いいことも悪いことも、体も心も、それ以外のすべて、なにもかも、あらゆることも、あらゆる物も、すべてが、いつかかならず変化し、消えてなくなります。

今生になにも願わず、執着せず、そして来世なんてものにも期待せず、望まず、自分にも他人にも誰にも、何一つ望まず、ただ生きて、そして死んでゆく。
そういうふうになたら、なんてことを考えています。    
                        
                       
■2004/11/22 (月)  Copyright ©2004RioYamada     

 山田リオ

電気の消えた部屋の
窓の外からは
雨の降る音が聞こえてくる
あたたかいベッドの中に横たわって
雨の降る音を聞いている
それは
無数の雨粒が
空の高いところから落下してきて
それぞれの粒が
屋根土石植物水家ガラス
いろんなものの上に落ちて
そしてそれぞれが雨粒から
水というかたちに戻る音なのだが

そうやって聞いていると
わたしが
野の獣や鳥になったような気持ちがする
なんとかして濡れないように
暗い夜のなかで
それぞれの場所でうずくまって
生きようと
朝の光を震えながら待っている
朝が来て
まだ生きていれば
夜の間に降ったきれいな水を飲むことだってできる

あたたかいベッドのなかに横たわって
雨の音を聞いていると
いつかホームレスになる日のことを
想像する
ホームレスになったら
やっぱり
野の獣や鳥のように
真っ暗な空を見上げ
とこか安全なやさしい樹木の陰で
雨に濡れてうずくまり
自分を抱きしめながら
朝が来ることを祈るんだろう
そして朝がきたら
木の葉なんかにたまった雨水を飲んで
陽光に光る梢を見上げながら
なにかに
朝まで生きられたことを
感謝するんだろう
  
                                             Copyright ©2004RioYamada

 

"Night Rain"    Rio Yamada
                   
From outside the windows
Of this dark, quiet room
I can hear the sound of falling rain

Lying on the warm bed
Listening to the sound of the falling rain
The sound of countless raindrops
Falling from a very high place in the sky
After traveling a vast distance and then

Each drop will hit various things on earth
Such as roof, soil, stone, plant, water or glass
Then, all going back to the original form of water

As I listen, lying in the warm bed
I feel as if I became a wild animal or a bird
Trying not to get wet, crouching 
Trying to stay alive, waiting all night 
And if and when the morning comes, and if I am still alive
I might be able to even drink clear rain water

As I keep on listening to the sound of the falling rain
I imagine the day that I will become homeless
And if I become a homeless 
I will probably find a safe place under a kind tree
Still getting wet, but crouching and hugging myself
Praying for the morning to come  

If the morning really comes
I will maybe lick water off wet tree leaves
Looking up to the treetops glistening in morning sunlight
I shall probably thank something
For being able to have lived
Through the night rain.
                               Copyright ©2004RioYamada
 

2018年4月12日木曜日

若葉


花衣ぬぐやまつわる紐いろいろ

               杉田久(1890-1946)


2018年4月2日月曜日

なにもしないで

Do Nothin' Till You Hear from Me
(わたしが言うまでなにもしないで)

歌:エラ・フィッツジェラルド
テナーサックス:ベン・ウェブスター
ヴァイオリン:スタッフ・スミス
1956年録音


詩日記: 葉桜

詩日記: 葉桜