2019年1月8日火曜日

時計


「あなたが永遠に生きているかの如く、夢を追え。
今日があなたの死ぬ日であるかの如く、生きろ。」

      ジェームス・ディーン(1931–1955)

2019年1月6日日曜日

衣河 西行

   
                 

     (十月十二日、平泉にまかりつきけるに、
  雪ふり嵐はげしく事のほかに荒れたりけり。
  いつしか衣河みまほしくて、まかりむかひて見けり。
  河の岸につきて河の城しまはしたる事柄、
  やうかはりて物を見る心ちしけり。
  汀こほりてとりわけさびしければ)


とりわきて心もしみてさえぞ渡る衣河みにきたる今日しも 

                西行法師(1118-1190)



2018年12月29日土曜日

冬日

きっぱりとした冬の寒さが窓の外にあります。
朝起きると、窓いっぱいの結露です。
この部屋は日当たりが良いので、
晴れていれば、午前中は徐々に暖かくなり、
午後の陽ざしが衰えると、
寒さが身に沁みてきます。 

いつも詩日記を訪問してくださって、
ありがとうございます。
読者は、ごくごく少なくて良い、と思っています。
きちんと読んでくださる方が一人でもいらっしゃれば、と。
永年の読者、藤さん、お元気でいらっしゃるでしょうか。
今も、心おだやかで居られることを、お祈りします。
                   やまだ

PS。アダンソンハエトリグモ(5mm)も元気でおります。
毎年、この季節、たった一匹だけのここの住人(住蟲)です。
二匹でも三匹でもなく、一匹というのが、なかなかです。


2018年12月25日火曜日

天国は高い

                      
           
Copyright ©2018RioYamada
尾形 亀之助(1900 - 1942)

曇天

遠くの停車場では
青いシルクハツトを被つた人達でいつぱいだ

晴れてはゐてもそのために
どこかしらごみごみしく
無口な人達ではあるがさはがしく
うす暗い停車場は
いつそう暗い

美くしい人達は
顔を見合せてゐるらしい

天国は高い

高い建物の上は夕陽をあびて
そこばかりが天国のつながりのように
金色に光つてゐる

街は夕暮だ

妻よ――
私は満員電車のなかに居る

無題詩

から壜の中は
曇天のやうな陽気でいつぱいだ

ま昼の原を掘る男のあくびだ

昔――
空びんの中に祭りがあつたのだ

無題詩

昨夜 私はなかなか眠れなかつた

そして
湿つた蚊帳の中に雨の匂ひをかいでゐた
夜はラシヤのやうに厚く
私は自分の寝てゐるのを見てゐた

それからよほど夜るおそくなつてから
夢で さびしい男に追はれてゐた

たひらな壁

たひらな壁のかげに
路があるらしい――
そして
その路は
すましこんだねずみか
さもなければ極く小さい人達が
電車に乗つたり子供をつれたりして通る西洋風の繁華な街だ

たひらな壁のかげは
山の上から見える遠くの方の街だ



2018年12月20日木曜日

Low Down Blues

                                                        マディー・ウォータース(1913-1983                 
土曜日の晩は大事な晩だ
みんなで魚のフライを作って盛り上がった

おれは50セントとサンドイッチ一個もらって
一晩中演奏したさ。ありがたかった

みんなは、ああいう、心の深いところから来るブルースが
ほんとうに好きだったんだ
あんたたちも、ああいう本物の
純粋のブルースを聴いてみればいい
おれたちが一文無しだったころ持っていた
あのブルースのことだ
 
おれがあの頃感じていたのと同じブルースを
今感じろって言われても
それは無理っていうもんだ
今、シカゴでブルースをやってるときは
おれは「今のやつ」をやってるんで
それは、おれが生まれた時もうおれの中にあった
あのブルースとは違うもんだ
あのミシシッピーのサウンド
古いレコードに残っている
ミシシッピー河口の、三角州のサウンドだ
きっとあんたにも聞こえるはずだ

あの、本物の、純粋のブルースを聴いてみろよ
おれたちがほんとうに一文無しだったころ
おれたちが持っていた
あのブルースのことだ
クリスマスの朝、目が覚めて
家には、なにも食べるものがなかった
りんご一個、オレンジ一個、ケーキもなにも
食べるものは、なにひとつ
なーんにもなかったんだ
                                                    訳;山田リオ Copyright ©2014RioYamada 
(これは歌詞を訳したのではなくて、マディーのさまざまなインタビューの断片をまとめて一つながりにしたもので、歌を探してもむだです) 

2018年12月15日土曜日

ほほえみ


あめつちにわれひとりいてたつごとき
このさびしさをきみはほほゑむ
          (救世観音をみて)

       会津八一(1881 - 1956)

2018年12月14日金曜日

冬籠 万太郎


菊枯れて枯れてあとかたなかりけり
秋しぐれいつもの親子すゞめかな
歌舞伎座のうしろに住みぬ冬の空
かぞへ日となりし日ざしや青木の実
しみじみと日のさしぬける冬菜かな
柴垣を透く日も冬に入りにけり
いまは亡き人とふたりや冬籠
なにがうそでなにがほんとの寒さかな
すべては去りぬとしぐるゝ芝生みて眠る

           久保田万太郎 (1889-1963)

2018年12月11日火曜日

やわらかな


わたしの腕の血管に ゆっくりと
注射針を入れながら 話しかける
先生の声は いつも
どるちぇ ぴあの 

           山田リオ

2018年12月7日金曜日

推敲

推敲、水耕、遂行。
どこかで止めないと、永久に完成しない

いや、まてよ
完成しないのか、させないのか、できないのか

ここでやめる、という勇気も必要だな

まあ、このへんで、勘弁してやろう

2018年12月5日水曜日

雨 尾形亀之助⑦

雨日

午後になると毎日のやうに雨が降る
今日の昼もずいぶんながかつた
なんといふこともなく泣きたくさへなつてゐた

雨の祭日

雨が降ると
街はセメントの匂ひが漂ふ

雨が降る

夜の雨は音をたてゝ降つてゐる
外は暗いだらう
窓を開けても雨は止むまい
部屋の中は内から窓を閉ざしてゐる


                    尾形亀之助(1900-1942)

2018年12月4日火曜日

同義語


体調が良ければ良いなりに
良くなければ、それなりに
仕事に夢中になっています
おもしろくて、しょうがないです
(わたしの場合、仕事と遊びは同義語)

                         やまだ

2018年11月30日金曜日


「世界が 終わる日に
わたしは 木を一本 植えよう」

          W.S.マーウィン(1927-)

2018年11月25日日曜日

コスモス


コスモスの花が明るく咲きめぐり私が居らねば誰も居ぬ家   

                      河野 裕子(かわの ゆうこ、1946-2010)

2018年11月24日土曜日

ひとつ


チーターもフンコロガシもニンゲンも使ひきりなる生命ひとつ

                  
 小島ゆかり(1956 -)

2018年11月21日水曜日

冬の足音

 

モニターの後ろから、
久しぶりのハエトリグモが登場。
元気だったねえ。
何代目のハエトリグモかはわからないけれど。

ぼくの体調は, up and down です。
良いと思っていると、また悪くなったり・・・
でも、ほんの少しの不満もありません。
生きているんだから。
毎日、ただ、感謝しかないです。

冬が、もう、すぐそばまで来ています。


2018年11月8日木曜日


生きているどのことよりも明々と
いま胸にある海までの距離            明々(あかあか)

                           永井 陽子(1951-2000)

2018年11月7日水曜日

うろこ雲


しばらくぶりのピアノ。
These foolish things、いい曲だなあ・・
コードは、なんとか、耳がおぼえてる。
でも、指が記憶喪失だ・・。

Do nothing 'til you hear from me、
やってみたら、ぼろぼろ。
かなりやばい。汗々;;練習せねば。

Lullaby of Birdland、
弾きたいけど、たぶんダメだな。
あとでやってみよう。
でも、誰に聴かせるわけでもないからね。
まあ、ゆっくりやるさ。All that jazzzz...

2018年11月6日火曜日

柿の実


柿の実の熟れたる汁にぬれそぼつ指の先より冬は来にけり

               谷崎潤一郎(1886-1965)

2018年11月3日土曜日

おきなぐさ

風はそらを吹き
そのなごりは草をふく
おきなぐさ冠毛の質直
松とくるみは宙に立ち
    (どこのくるみの木にも
     いまみな金のあかごがぶらさがる)
ああ黒のしゃっぽのかなしさ
おきなぐさのはなをのせれば
幾きれうかぶ光酸の雲

    かはばた

かはばたで鳥もゐないし
     (われわれのしょふ燕麦の種子は)     燕麦(オート)
風の中からせきばらひ
おきなぐさは伴奏をつゞけ
光のなかの二人の子

           宮澤賢治(1896-1933)

2018年10月23日火曜日

新人


曇りの朝。
新人のカラスが登場。
初めて聴くパターンの唄。
mp、メッツォピアノで。
カラスは唇も歯もないのに、
「とわ」なんて、
複雑な音を発音できるんだな。
すごいことだ。
この個体、天才なのか?
それにしても、いったい、
どういう意味なんだろう・・

2018年10月5日金曜日

尾形亀之助

      彼の居ない部屋

部屋には洋服がかかつてゐた

右肩をさげて
ぼたんをはづして
壁によりかかつてゐた

それは
行列の中の一人のやうなさびしさがあつた
そして
壁の中にとけこんでゆきさうな不安が隠れてゐた

私は いつも
彼のかけてゐる椅子に坐つてお化けにとりまかれた

                              尾形亀之助1900-1942)



                                    

2018年9月30日日曜日

空気

リュート

もちろん それは 夜
ひっくり返ったリュートの 一本の弦 
わたしは わたしの道を行く
その楽器の 耳慣れない響き

ここに 埃 あっちにも 埃

わたしは その両方の音を聴く
でも わたしは そのまま進む 
わたしは 思い出す 木の葉が 
審判と 冬を 待っていたのを

わたしは思い出す 雨と いくつもの道を
雨は 雨の すべての道を 辿ってゆく
どこにもない その 道を

    W.S.マーウィン(1927-) 訳:山田リオ


2018年9月29日土曜日

正平さんのこと

               山田リオ


二つの、性質が違う美術展に行った。
時間がたってから、すこしづつ、
自分の受けた感じが変質してくる。。

ボディー・ブロウのように、後から効いてきているというか、
あるいは、深い部分の内出血のように、か。
身体の中が、少しづつ活性化してくるような気がする。
そして、気がつけば、言葉で考えることをやめていた。
ただそこにいるだけの、静かな自分になってくる。

昨晩から、しきりに松田正平さんのことを思っている。
展覧会に行った直後は、いろいろと頭で考えるだけだったのが、
今は、虫のように、言葉にならないところで、
ぼーっとしている。

そうしていると、時間がたつにつれて、
心が自由になってくる。




つまづきて振り返る道に何もなし
わが来しあとをうす日さしをり

         北小路 功光(1901-1989)

2018年9月28日金曜日

明恵


 
昔みし道はしげりて跡たえぬ月の光をふみてこそ入れ

山寺に秋のあかつき寝ざめして虫とともにぞなきあかしつる

                                          明恵(1173-1232)

2018年9月26日水曜日

©RioYamada

at 2004 04/18 06:40 編集

                         山田リオ

渚に佇んで
遠くをみている
波は
つぎからつぎに
水平線のほうからやってきて
盛り上がり泡立ち崩れ落ち砕ける
でも
あの波は
わたしが待っている
波ではない
どの波が
それなのか
ずっと
待っているその波は
どの波なのかは
よくわからない
でも
それは
あの波でもなく
その次の波でもなくて
それは
こうやって渚に死ぬまで佇んでいても
永久にやってこない波なのかも知れない
しかし
ある日
水平線のほうから
それは
奇跡のように
輝きながらやってきて
盛り上がり反射し散乱し透き通り
泡立ち崩れ落ち砕けるだろう
そしてその波が
まさに
わたしが待っているはずの
あの波であったとしても
それで
どうなるというのか
わからない
でも
生きているかぎり
渚に佇み
はるか遠い水平線のほうを見て
押し寄せてくる波を見て
あの波が
まっていたなつかしいあの波が
渚めがけて
押し寄せ輝き
そして崩れ落ちる日を
今日も
ただ
じっと
佇んで
待っていよう
 

Copyright ©2004RioYamada

2018年9月14日金曜日

別荘生活


しばらくの間、よんどころ無い理由で、別荘におりました。
やっと今日、出所の運びとなり、おつとめ、ごくろうさん。

別荘生活で辛いのは、まず、生活空間の狭さ。
四人部屋でしたので、生活音や、声、
その他、人間起因の音が四六時中24時間、
途切れることがありません。なので、不眠になります。
さらにマイるのは、食事です。
それは味が原因で、毎食、ひたすら食欲が出ません。
極端に薄味だし。「美味しく食べさせよう」なんて配慮は、
ございませんので。
エスプレッソのコーヒーがほしい、とか、贅沢は通用しない世界です。

お注射とか、切った貼った、出血なんかは、通過儀礼ですので、まあ、我慢できました。
看守のみなさんも、にこやかで、やさしくて、よろしいんですがね。

とにもかくにも、めでたく自由の身に戻れましたです。
今夜は、なにか、美味しい物をいただきたいと思います。

PS 別荘で必要不可欠なものは、なんと、スマホ。おかげで、助かった!
                         や

2018年9月9日日曜日

辞世


あの世からスマホで打つわ極楽なう
                say少納言

あなたらの気持ちがこんなにわかるのに言ひ残すことの何ぞ少なき
                           河野裕子
 

後の世も又後の世もめぐり会へ染む紫の雲の上まで
                                         源義経

この世をばどりゃおいとまに線香の煙とともに灰左様なら
                         十返舎一九
人魂(ひとだま)で行く気散じや夏野原
                  葛飾北斎

葬式無用 戒名不用
         白洲次郎
     

2018年9月7日金曜日

オリーヴの空
























2012年2月7日火曜日  山田リオ


雲を見れば、夏のよう。
日差しも強くなってきた。
オリーヴの木は、ますます元気。

子供のころ、くりかえし読んだ、ルイジ・カプアーナ作「シチリアの少年」(岩波少年文庫)のなかに、オリーヴの枝で羊の肉を焼く場面があった。おいしそうだったので、今でも憶えている。

日曜は、ロシアのボリショイ劇場から中継が、映画館の大画面で見られるので、行った。
これは、ヨーロッパやロシアの劇場からバレーやオペラの公演を中継し、それを大画面で見ることができる。
日本でもやっているのかな?

今回はボリショイ・バレーの「コッペリア」だった。
もう、このバレー団がなくなれば失われてしまう、19世紀のロシアの演出を、現代の、ロシアのダンサーたちが踊った。見られて、ほんとうに幸運だった。

コッペリアはロボットが出てくるバレーだ。
そう言えば、オペラの「ホフマン物語」も、ロボットが登場する。
19世紀のフランスでは、女性型のロボットが人気だったのだな。
どちらも、出てくるロボットは、今の「アシモ」より美しい。
でも、最近よくテレビで見る、大阪大学の石黒教授の女性型アンドロイドもいいね。Copyright © 2012Rio Yamada



2018年9月2日日曜日

一休


世の中は起きて糞して寝て食って後は死ぬるを待つばかりなり

女をば法の御蔵と言ふぞ実に釈迦も達磨もひょいひょいと生む

                                     一休宗純(1394-1481)