2012年3月24日土曜日

蟲のように


                       山田リオ

 手術のまえに 医師から言われたことは
術後の平均生存年数が十年だ ということだった
それを聞いたときに思ったのは
十年の間 なにをすればいいのか ということだった

あれから三年半たった 今
計算上 あと六年半の命のはずが
昨日 検査があって そのあとで 医師が言った
感染症もなく ほかに何の問題もない こういうケースは希であって
これなら 十年以上生きられる ということ
それどころか 医療技術の進歩を考えれば
十五年か それ以上 生きられるかも知れない

十五年か
十五年 なにをすればいいのか
というふうには もう 考えなかった

ただ生きればよいのだ と思った
鳥のように 獣のように 魚のように
蟲のように でも 蟲よりも ずっとずっと永い間
ただ 生きればよいのだと
ぼくは そう思った

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2012年3月21日水曜日

茨木のり子 再録

■2006/09/14 (木) 自分の感受性くらい
 「自分の感受性くらい」  茨木のり子


ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて


気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか


苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし


初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった


駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄


自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

2012年3月16日金曜日

おかえり。




今日、仲良しのリスが帰って来ました。ほぼ三ヶ月ぶりの訪問です。

猫かカラスにやられたと思っていたので、驚くやら、嬉しいやら。

他のリスは来ていたのですが、うちの彼女とちがって、肩に登ったり、家の中まで入って来たりしないので、すぐに別のリスだとわかりました。だからアーモンドもあげなかった。

久しぶりの彼女は、おなかのあたりがだいぶ痩せているので、冬眠していたようです。

いつものように、入り口で正座のご挨拶のあと、
アーモンドを8個、一気に食べました。

今日は、お祝いです。

2011年、12月2日にも、リスさんの記事があります。 
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2012年3月13日火曜日

途中


 
ジェレミー・アイアンズ曰く、
「わたしは努力を信じない。もしそれが困難なら、やめておく。そして、それがそっちから自分のほうにやって来るまで待つ。
それがいつか、自然に起こるまで、待っていればいい。」 

待っていたら、けっして来ず、忘れていたらやって来る、ということもあるけれど。
じゃ、待たないほうがいいのか。 

わたしの場合、何一つ、「やりとげたこと」
がない。
「この道ひとすじ」の正反対だ。
「この道ひとすじ」の職人さんは尊敬するけれど。
自分は、なにをやっても、中途半端。
今でも、すべてにおいて、三歳児だ。
大目に見ても、せいぜい中身は、幼稚園。
発展しない、ずっと永遠に途中、っていうのもある。

手を動かして、身体を使ってなにかいろいろ作っていれば、
生きてさえいれば、なにかしら、可能性はあるのではないか。
たとえそれが、毛虫やミミズの一歩分の成長だったとしても。

何歳になっても、途上、いや途中か。それがいい。
ずっとそうやって、毛虫のように、動いて、
そして笑っていられたらいいと思う。 
でも、たぶん、毛虫は、笑わないと思う。


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2012年3月3日土曜日


遠くの山には雪がありませんが、これは夏に撮影したからで
今は白く雪がつもっています。

昨日の夜で、仕事が一段落しました
ほとんどの場合、仕事をくれるのは初対面の人で
なぜか、ぼくを信じて、仕事をまかせてくれるわけで
リスクも伴うのに、ありがいことです
多くの場合、数日、または数ヶ月、いっしょに働いて
またさよならを言って、別れるわけですが
そのときに、あのひとたちはぼくのなかに、いつも
おおきな勇気を置いていってくれます
感謝です

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2012年2月29日水曜日

ぽっかり


めずらしくこの二週間ほど仕事の日がつづいて、
今朝はやっと朝寝しました
今日だけ、ぽっかり何もない日の贅沢

日曜は、ほんとの砂漠の真ん中の、
なにもない所で、一日、居ました

昨日は朝の6時から仕事で、
終わったのが午前3時だったので、
家に帰って、まずお風呂であったまったら、
さすがに足がむくんでいたので、
足裏マッサージをしてから寝ました

で、さっき起きて、うんと遅い朝ごはん。

風が変わったという感じはありますが、
どっちに変わるのか、それは考えないようにしています
考えると、「こうなって欲しい」と願うから。
先のことを考えないでいれば、人は苦しくないです

写真はトロフィエというパスタです
手作りのパスタということですが、見た目は、どう見たって、いもむし。
中は からっぽではなくて、芯まで粉でありまする
なのでー、じんわりとした歯ごたえがあって、おいしい。
これは、オマール海老のソースで食べましたが


でもしかし、なんといっても、この青豆。
この青豆が絶妙の半生、といいますか、
アルデンテに料理してあって、まだ生きていますから
それを歯で噛むすときに感じる
すこしだけ硬い抵抗感が、もうたまらんのです

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2012年2月22日水曜日

鍋貼



近所で一番気に入っている鍋貼。(焼き餃子)
なぜかどこも油っこいんだよね。
ここのは、ぜんぜん油を感じさせない。
カリカリ、軽い、さっぱり。
そして中には肉汁がいっぱい。








この店は、台湾から来た夫婦でやってる。
これは葱油餅。これもカリッとして、
焼けた葱の香りが、もーたまらん。
これを食べたくなって、またこの店に来てしまう。








これまた珠玉の蒸し餃子。
中は野菜。でもなぜかトロトロ。クリーミー。
中国人のお客さんは、かならずこれを食べる。

とゆーわけで、
今日もまた、粉物でしたw。

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2012年2月21日火曜日

ダウントン二年目が終わった


ダウントン・アビーのシーズン2が終わった。
疾風怒濤。諸行無常。

ドラマ開始一年目の冒頭の第一話を飾った、
料理見習いのデイジー(Daisy)、初々しかった少女。
働く女子中学生、という感じだった彼女の人生も、
ある重い、圧倒的な出来事で、大きく変わった。
ドラマの上では三年の歳月が流れ、
実際には一年の間にデイジーはやや太って、
落ち着いた大人の女になってきた。

二十台の若々しい青年だった召使のウイリアムス(Williams, the footman)も、すっかり中年太りした。三年でおじさんになった。
彼もまた、他人の知らない物語を抱いて生きる。

そして、料理長の太ったおばさん、パトモア夫人(Mrs.Patmore)がいい。
少しずつ、この人の心の中が見えてくる。
ほんとうはどういう人なのか、という発見がある。

登場人物は、すでに30人を超え、
その一人一人、それぞれの過去と現在と未来が、
幸福が、不幸が、願望が、不安が、愛が、憎しみが、善意が、悪意が、
けっして「群像」としてではなく、
一人一人、一つ一つ、丁寧に照明をあてられ、
あぶりだされて行く。
これは、「お殿様を中心に、みんなが集まり、結束し」、
というようなドラマではない。

つまらない人生、などというものは存在しない。
すべての人が、それぞれの物語を持っている。
それが作者ジュリアン・フェロウズの信じていることであり、
それがこのドラマの類を見ない魅力であり、
既存の映画やテレビドラマとは大きく異なる点だ。

シーズン3を見るまでは、死ねないぞ。
じゃ、シーズン4は、5はどうなんだ?(笑)  山田
 
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2012年2月19日日曜日

朝市

日曜の朝市。トマトいろいろ。手前はシラントロ

エルサルバドルのお好み焼き、ププサ。チーズ入り
こっちはメキシコ。エンチラーダ。粉物大会です
ヴェトナム人のクレープ屋。かなり本格

2012年2月7日火曜日

オリーヴの空


雲を見れば、夏のよう。
日差しも強くなってきた。
オリーヴの木は、ますます元気。

子供のころ、くりかえし読んだ、ルイジ・カプアーナ作「シチリアの少年」(岩波少年文庫)のなかに、オリーヴの枝で羊の肉を焼く場面があった。おいしそうだったので、今でも憶えている。

日曜は、ロシアのボリショイ劇場から中継が、映画館の大画面で見られるので、行った。
これは、ヨーロッパやロシアの劇場からバレーやオペラの公演を中継し、それを大画面で見ることができる。
日本でもやっているのかな?

今回はボリショイ・バレーの「コッペリア」だった。
もう、このバレー団がなくなれば失われてしまう、19世紀のロシアの演出を、現代の、ロシアのダンサーたちが踊った。
見られて、ほんとうに幸運だった。

コッペリアはロボットが出てくるバレーだ。
そう言えば、オペラの「ホフマン物語」も、ロボットが登場する。
19世紀のフランスでは、女性型のロボットが人気だったのだな。
どちらも、出てくるロボットは、今の「アシモ」より美しい。
でも、最近よくテレビで見る、大阪大学の石黒教授の女性型アンドロイドもいいね。




2012年2月3日金曜日

早春賦  2012




          吉丸 一昌(1873-1916) 


春は名のみの、風の寒さや
谷の鶯、歌は思えど
時にあらずと 声も立てず
時にあらずと 声も立てず

氷溶け去り、葦は角ぐむ
「さては時ぞ」と 思うあやにく
今日も昨日も 雪の空
今日も昨日も 雪の空

春と聞かねば、知らでありしを
聞けば急かるる 胸の思いを
いかにせよとの この頃か
いかにせよとの このごろか。

急かるる=せかるる)

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
あのころ、ニューヨークの冬は厳しかった。
路上駐車した車のドアが凍って、開けられなくなった。
お湯をかけて溶かしたことがある。
河も結氷した。上流から、氷が流れてくる。

テレビを見ていると、日本が、どうもそういう風になっているらしい。
そんなわけで、早春賦を掲載しました。 

2012年1月19日木曜日

雪中庵龍雨、久保田万太郎 再録

 
■2007/12/03 (月) 
雪中庵十二世、益田龍雨

とんだ勘違いをしていたことに気が付きました。
万太郎の一中節を掲載して、その流れで俳句も、と思って俳本を見ていたら、

「繭玉の霞むと見えて雪催い」
(まゆだまのかすむとみえてゆきもよい)

とあって、「雪中庵十二世、益田龍雨」、とありました。
万太郎と思いこんでいた好きな句は、実は、龍雨の作でありました。
実に申し訳ないことをしてしまいました。合掌。

龍雨を検索しても、ほとんど出てきませんね。
龍雨で思い出すのは、寄席の句です。
落語家のみなさん、なんとかなりませんか?
マスコミが無視するものは、自動的にこの世から消え去ってしまう、というのであれば、ネットが存在する意味がなくなります。
江戸最後の俳人、龍雨が忘れ去られてしまうのは、あまりにも悲しいことです。
かく言うわたくしも、龍雨を忘れかけていた一人ですが。

龍雨、万太郎の句を併せて掲載します。    山田

***********************************************

講釈場すくなくなりし袷(あわせ)かな     

叉一つ寄席なくなりし夜寒かな

一生を前座で通す夜長かな

 さびしさや師走の町の道化者

死ぬことも考へてゐる日向ぼこ

春の灯や立花亭の雪の傘

繭玉(まゆだま)の霞むと見えて雪催い(ゆきもよい)  益田龍雨

****************************************************

短夜(みじかよ)のあけゆく水の匂いかな

神田川祭りの中をながれけり

枯野はも縁の下までつづきおり

湯豆腐やいのちのはてのうすあかり

鮟鱇もわが身の業も煮ゆるかな

雪掻いている音ありしねざめかな

ほとほととくれゆく雪の夕(ゆうべ)かな

まゆ玉や一度こじれし夫婦仲

まゆ玉にさめてふたたび眠りけり

死んでゆくものうらやまし冬ごもり

春の雪待てど格子のあかずけり   (二月二十日、長男耕一、死去)

何か世のはかなき夏のひかりかな       久保田万太郎

*****************************
 2007年11,12月
■2007/11/29 (木) 雪まろげ 「雪まろげ」
一中節、久保田万太郎

水仙の 香もこそ師走 煤はらふ
ことぶき さても あけぼのの
空にのこれる 雲の凍(い)て

かくれ住み 門(かど)さしこめし 老いの身の
見まじ 聞くまじ 語るまじ
心ひとつに 誓へども
葦の枯葉を 渡る風
こぎゆく舟に 立つ波や
日かげ やうやく薄れきて
またもや 雪となりにけり 

数ならぬ 身とな思ひそ 亡き人よ いま亡き人よ
おもかげは 君 火をたけ よきもの見せむ 雪まろげ
よきもの見せむ 雪まろげ

【注:「君火をたけよきものみせむ雪まろげ」は芭蕉の句です。
「雪まろげ」とは、雪を丸める子供の遊びで、
万太郎の「雪まろげ」は言うまでもなく、芭蕉を題材にした一中節ですが、
この詩には、晩年の万太郎を残して逝った最愛の女性に語りかける万太郎がいます。】

ところで、2011年以前の詩日記は、ブログアーカイヴ「2011年5月」のページに保存してあります。

2012年1月12日木曜日

「Aの地下鉄」


「Aの地下鉄で行こう」 ビリー・ストレイホーン 
Take the A train        Billy Strayhorn(1915-1967)
                 訳:山田リオ


Aの地下鉄に乗ればいい
ずっと上の方、ハーレムのシュガーヒルに行くならね
もし、乗り遅れたら
ハーレムに行く最速の電車をのがしたわけだ

さあ、来たぞ、急いで乗ろう
レールのうなりが聞こえるだろう
Aの地下鉄に乗ったら
すぐ、ハーレムのシュガーヒルだ

ハーレムだ、坊や
次の駅がハーレムだ
さあ、乗ろう
Aの地下鉄で行こう 



****************************************************

「A列車で行こう」という題名に、ずっと前からひっかかっていた。「違うなあ。列車、じゃないなあ。」という思いだった。あの頃、と言うか、人生のかなりの部分、時間にすれば一生の約33%、ニューヨークの地下鉄、Aラインの沿線に住んでいたからだ。

Aラインの快速地下鉄は、はるか遠く、南東のロッカウェイをスタートすると、 ブルックリン、クイーンズを通ってずいぶん走って、いいかげん疲れた頃、やっとマンハッタンに入る。快速だから、止まらない駅もある。

マンハッタンの南端、ウオール街を抜けたら、すぐチャイナタウン、それから、マンハッタン島の西側を、ずっとハドソン川に沿って北上する。ユニオンスクエア、鉄道のペンシルヴァニア駅から長距離バスのポート・オーソリティー・バス・ターミナルを過ぎたら、すぐにタイムズスクエアのブロードウエイ劇場街。

カーネギー・ホール、そしてリンカーンセンター、ジュリアード音楽院を過ぎれば、すぐにコロンビア大学、そしてハーレムだ。ジョージ・ワシントン橋を過ぎたと思ったら、ブロンクスの一歩手前で止まる。そこが207丁目の終点。

だからどうしたって?いや、なつかしいだけですよ。    山田

蛇の足ですが。
Harlem、ハーレムはオランダ語で、その昔、ニューヨークに移り住んだオランダ移民が作った町です。女性を集めておく部屋とは無関係です。
一方、HAREM、ハレムは、イスラムのサルタンに属する女性の部屋という意で、日本では、しばしば混同して「ハーレム」と間違って言われることがあります。






2012年1月8日日曜日

風の朝

 

今朝、起きたら風が強かった

背の高い椰子の木が弓なりになっている

このところ、朝晩は冷え込むので

義母が何本も送ってくれた手ぬぐいを首に巻いた

冷暖房は好きではないので

夜、眠るときも首には手ぬぐい

そして頭にも手ぬぐいを姉さんかぶりに巻く
                                  (あねさん)

タオルやガーゼは気にいらない

そこはやはり、日本手ぬぐいがさらっとして

しかも暖かく、いちばん肌に合うのです。

 

2012年1月6日金曜日

雨の頃の物語

雨の頃の物語            
         小柳玲子 (1935~2022)
ねえ、きみ
その実、僕に見えているものは殆んどない
きみの永遠などについてはなおのことだ
僕が見たのは
僅かな街の、夕暮れの
と、ある角を曲がって来た
男の、たとえば貧しい帽子
そのうしろにひろがっていく
海のようなもの
ごくとりとめのないもの
 
見えていない。
地鳴りより深いものは聴けない
僕を、僕は恥じている
僕の猫背の恥の姿勢は
くだもの屋の横で
傘をひろげる
傘が落すわずかな世界の
その仮の安らぎの中に
くるまって 歩く
そこ以外、辿りつく
国はない、と言ったように
ちヾこまって。
 
降りしきる雨の果に
僕の国はみえない
きみの火のような言葉に
きみのこゝろを聴かない
きみはどこにいますか
僕が一心になって
深い雨の裡に佇つと
きみはいちまいのレインコオトだ
雨よりもけぶっている
それから僕は雨のような、
きみのような、声をきく
「遠いところ!」
僕は傘をひろげていた
僕には見えない
遠いところについて
僕の恥の起源について
考えていた
僕の仮の国の中の
水たまりのようなもの
帽子のようなもの
ごくとりとめのないものをよぎって歩いた
 
これが雨の頃の
かなり正確な僕の物語だと
そう思ってくれ給え
きみ。
 
 
 「小さい男」    小柳玲子


  朝 名前もつけられない小さな男が一ぴき 私の歯の中から冬の中

  に出ていった。彼は歯科医のうがい台の中 その細い管の奥へまぎ

  れてしまったので 私はわざわざ呼びとめなかった。その後男をみ

  かけないので この小さい男の物語は終りになった。「顔はどうだ

  ったか」と友達はきくが――顔があったかどうか思い出せない。そ

  れに思い出しても一向に役に立たないことを思い出すのは何とも苛

  苛するではないか。

  もっともある夕方 枕もとの水薬の中 あのうす青いビンの底に

  あの男がいた「私でしょうが いつかの男は」と彼は自分の鼻を指

  しながら言った。だけど私は高熱のため脂汗をしぼって呻いていた

  ので思わず「バカバカ」と怒鳴ってしまった。おまけに「あんな男

  の話は嘘にきまってるだろ」なんて本音を吐いてしまったのだ。



「見えている部分・いちにち」     小柳玲子

   めまいに似た夏の朝
   ペチュニアの真紅を植える
   街は急に白いビルが多くなり
   従妹たちはよく笑う
   ホテルのプールは花みたい……
   ね? などとはしゃぎあう
   角の雑貨屋ばかりが
   どうしてだか私には鮮明に見える
   店先に忠雄伯父がよく呉れた
   デンキ花火が出ている
   夜更けて伯父は西の街へ還ったものだ
   戦争があって、さらに遠く
   永劫の方へ還っていった。
   「マシュマロ、買おう」
   「あら、ボンボンの方がいヽ」
   地下街の仏蘭西菓子店で
   従妹たちの
   匂うような、レースのような
   おしゃべりをきいている

   雲が湧き
   傾斜はくらいと思う
   喉の奥の深い傾斜のことだ
   焼けてしまった、あの二階家が
   そんな深さに未だ在って
   乏しい灯が入ると
   兄やわたしや
   かぼちゃの皿を囲んだ。
   夕食だった。

   テレビが海水浴のニュースを始める
   みがいたキッチンに佇つと
   こんな無益な孤りの果に
   単純な夜が落ちてくるのが
   不思議だ、と
   夏の、さびしい魚たちを
   鍋に入れる


 
 
 
 
 
 

2012年1月2日月曜日

おせち 弐

東京の知人から来た「Y」のおせち料理です。
写真が来たのです。おせち料理と刺身を、ここまで宅配便で送るのは、無理ですよw。


Yのおせちです。お刺身は、大海老、イカ、ひらめ、はまち、子持ち昆布、中トロ、など。二の重はレンコン、ゴボウ、里芋、ニンジン、あわび、青いザーサイ、これがおいしい、野沢菜、大海老のおにがらやき、ホタテの串刺し、数の子、タコ、そうだ、お刺身にもタコがあった。伊達巻、かまぼこ、白身魚の焼いたの、にしん、鮭が中に入ってて他のお魚で巻いてあるの、あとはいわゆるおせちの定番、栗きんとん、黒豆、松前漬け、イカの塩辛、たらこ、なぜかドライの明太子、イクラ、田作り、それからヒレ酒用のヒレ、きっとまだ忘れてるのがあると思うよ。そうだ、クルミの佃煮みたいのがあった。掘っても掘っても出てくるかんじだった。おいしかったよ。」

2011年12月20日火曜日

岡本松浜の句




春雪やうす日さし来る傘の内

褄取れば片手に重し傘の雪

寝かさなき母になられし蒲団かな

やすらへば手の冷たさや花の中

かげろふや土に坐つて鉦たたき

月の海灯の世に遠き泳ぎかな

ががんぼを吹けば飛ぶなり形代も

口紅のあとをとゞめて秋扇

露今宵生まるゝものと死ぬものと

露けさの一つの灯さへ消えにけり

 岡本松浜(しょうひん)1879~1939

2011年12月14日水曜日

ライムのジャム


悲しみのないサンバは
酔わない酒と同じ
とリオデジャネイロの詩人は言った
それはともかく
酸味のないジャムは
ただの砂糖だよ
と南カリフォルニアの山田は言った

K先生の庭のライムの樹に
今年もいっぱい実がなった
それをたくさんいただいたので
ライムのジャムを作ることにした
ライムは緑色と思っていたら
熟したら一見、レモン風
でも切ってみれば、やっぱりライム色

ジャムになっても
強力な酸味は薄れるどころか
ますますそのパンチ力を増しますw
サワードウのバゲットをトーストして
バターといっしょにのせて口に入れれば
うーうまいのだ
でも、うー酸っぱい
じゃ、じゃむの魂は
やっぱり酸味なのだよV

         山田リオ

2011年12月10日土曜日

85歳のソロ・デビュー

 
今朝、運転しながらラジオで偶然聞いたんだけどね。
ブルースのピアノです。
ピアニストの名は、ボイド・リー・ダンロップ。85歳。

ニューヨーク州、バッファローの老人ホームの住人。
そこに偶然、写真撮影で訪れた写真家、ブレンドン・バノンがボイドのピアノを聴いて、アルバムをプロデュースする気になったという。

ボイド・リー・ダンロップは、生涯の大半、鉄工所で働いた。
弟のフランキー・ダンロップは小さいときに兄のボイドに教えられてドラマーになり、後にセロニアス・モンクやチャーリー・ミンガスなどと共演したレコーディングがあるという。

バノンの言葉:

初めて彼と会ったのは、バッファローの老人ホームだった。
そこに行ったのは、老人ホームで写真撮影をするプロジェクトについて、
そこの医師と話し合うためだった。
ボイドは待合室みたいなところに座っていて、すぐ会話が始まった。
彼はピアノのことを言い始めて、カフェテリアにピアノがあるから、
ピアノを弾いて聞かせてくれる、ということになった。
そのピアノを見たら、ところどころ、キーが取れて、なくなっているんだ。。
重症だったな。
でも、ボイドはそのピアノと格闘しているようにも見えたが、
出てくる音は美しかった。」

そんなわけで、このアルバムができました。

アルバムの名はBoyd's Blues、「ボイドのブルース」、
音楽と記事のリンクを「お気に入り」に貼っておきます。聞いてみてください。
音楽のリンクは、写真の下、左手にあります。

NPR(ナショナル・パブリック・ラジオ)
Weekend Edition: Boyd Lee Dunlop's debut album, Boyd's Blues.

2011年12月2日金曜日

毎朝の訪問者

rio yamada photo


り 「おはようございます。あーもんどください」

山 「おはよう。それはいいけど、コーヒー入れてるから、ちょっとまって。それから、その線から中に入らないでね。」

り 「はい。あーもんどあーもんど」

山 「また入った・・そこまで!あんた、どんどん大胆になるね。。ほら、絨毯踏まないで」

り 「あーもんどくれたら、帰りますから」

山 「それからね、網戸ひっかいて起こすのやめてくれるかな、ゆっくり寝たいんで」

り 「はいはい。早く。あーもんど!」           Copyright ©2009RioYamada 

                             

2011年11月25日金曜日

ダウントン・アビー、気になる二人


ダウントン・アビーの人々は、みんな魅力的ですが、現在、気になっているのが二人います。

まず貴族の末娘のスィビル。
若く美しい女性で、かつ天使のように純真なんですが、それだけに、彼女がどうなっていくのか心配です。あとの二人の姉は、それぞれに、違った「したたかさ」があるので、何があっても生き残れるような気がしますが、この娘はねえ。ほんとに心配・・・
彼女の絶えず変化する表情、しぐさ、そしてドレスを見るのも楽しみ。

もう一人の注目人物は、召使のトーマス。これは、とんでもない悪党です。
悪い人間ですが、その影の部分、隠された部分が気になります。
彼にどんな過去があるのか、そしてどんな運命がトーマスくんを待っているのか。

ところで、第二話で、トーマスに対して、ある人物が言い放つ言葉が心に残りました。

それは、"One swallow doesn't make it a summer."
これはイディオム(慣用句)で、意味は、
「ツバメが一羽来たからと言って、夏になったとは限らない」ですが、
この場面で、この言葉の意味は、「一度だけの親密な関係があったからと言って、それが愛につながるとは限らない。」というくらいの意味でしょう。
はっきりと言わずに、でも言いたい事はしっかり伝わる、そういうわけです。

この「ツバメ」は、いろいろな場面で使えます。
たとえば、スポーツで「最初に優勢だったからと言って、勝利できるとはかぎらない。」
というように。 (ヤクルト・スワローズの話ではありませんが。でもツバメだね・・)

しかし、直接的な言い方のほうが現代の会話では多いような気がします。
ぼくはアメリカでの暮らしが永いのですが、不勉強で、こういうイディオムは、小説や映画以外ではあまり気にしないで来ました。
今、改めて、ダウントン・アビーの第一シーズンを見ていて、会話の中で使われるイディオムの婉曲、柔軟さ、その間接的な、でもユーモアと含みを持たせながら相手に意思を伝える力、それは、英国の伝統の力だなあ、と思いました。
ウッドハウス P.G.Wodehouse の小説が好きなのも、たぶん同じ理由です。

そう言えば、日本では、今は亡き吉行淳之介さんの対談や小説にも、
そういう芳醇さがあったなあ。                          山田リオ
 
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2011年11月20日日曜日


空が砕けた

道端に、割れた鏡が捨ててあった

その砕けた破片一つずつに空があった

最近、どういうわけか

光という言葉をよく使う

数年前まで、夜の闇が怖かった

今は、怖くない、と言うより、安心

そこが変わったと思う

光はいい

でも闇だって、悪くない

                   山田リオ

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