2021年5月18日火曜日

梅雨寒

いつの間に世に無き人ぞ梅雨寒し

                                                  (さて、誰の句だっけ・・)

              


2021年5月13日木曜日

 いちばん大切なのは、あなたがどれほどうまく火の中を歩いて行けるか、ということだ。

                     チャールス・ブコウスキ



              

2021年5月7日金曜日

義務

 「詩人には、政治的義務が一つだけある。

それは、自国語を腐敗から守るという義務だ。」

                                          W.H.オーデン(1907~1973)

rio yamada


2021年4月30日金曜日

小舟

                                   ホベルト・メネスカウ 山田リオ訳

光の朝 太陽の祭り

そして やわらかな水色の海の上を 

小舟は滑って行く

すべてが夏 愛が生まれる

小舟は 海の上を

どこまでも どこまでも 滑って行く

知らないうちに 私たちの唄は海を離れ

そして太陽が 小舟と 光に くちづけする

限りなく青い日々

海を覆う太陽も やがて薄れて

小舟は 滑りつづける

そして 私は ただ 歌いたくて

南の島々 青い 青い 空

そして この小舟も 心も

唄の中を 滑って行く

すべてのやすらぎと あらゆるものを乗せて 

夏の静けさ そして 

小舟は行く

夕暮れが来る

小舟は行く

夕暮れが・・・

rio yamada


小舟


「小舟」というブラジルの歌です。
歌手は、ナラ・レアン。
今は、ときどきこの歌を聴きます。
私にとって、これ、心の薬です。
よく効きますw。

2021年4月24日土曜日

夕日

 (前略)

俊徳 (はじめて窓に向き)僕にも見えますよ。

級子 え? あなた・・・見えるの?

俊徳 見えるんですよ、あの真っ赤な空が。

級子 あなた! 見えるんですか? どうして今まで・・・

俊徳 これだけが見えるんです。はっきりと、事こまかに。

級子 まあ・・・

俊徳 あなたは入日だと思っているんでしょう。夕映えだと思っているんでしょう。違いますよ。あれはね、この世のおわりの景色なんです。(立って行って級子の肩に手をかける)いいですか。あれは夕日じゃありません! (後略)

三島由紀夫作 近代能楽集より、「弱法師」抜粋

弱法師(よろぼし)俊徳(としのり)級子(しなこ)




2021年4月21日水曜日

2021年4月18日日曜日

おかえり

 自分が 何を思っているのか 

自分が どんな人間なのかを

自分自身は ほとんど知らない 

それに気がつくことが 時々ある

今朝 出かけて帰ってきたら ドアの傍に

いつも その辺にいる あの ヤマバトが

じっと だれかを待っていた 

そして あの ヤマバトの声で「おかえり」と

ぼくに そう言った ような気がした

ヤマバトは そのまま ぼくを見ているので

しばらく ヤマバトに いろいろと話をしたあと

ヤマバトとは 別れた

そのあと 一日中 ずっと うれしかった

つまり ぼくは 人と会うより 鳥や虫と会う方が うれしいんだ

自分はそういう人なんだ ということに 気が付いた

あの ヤマバトとの時間を思い出すと うれしい気持ちになる

                         山田リオ



  



2021年4月16日金曜日

曇りの

 ジャカランダの花の絵を描きました

直径5cmの絵 豆絵

もうすぐ 曇りの五月がきます

あの街では ジャカランダが咲く頃です

今から 五月のことをいうのは どうかと思うけど

ジャカランダを思うと 少しだけ 心が明るくなるので

この絵を 見えるところに 飾ります

                  RY

rio yamada


2021年4月9日金曜日

小さな

 朝の 最初の 一杯の珈琲の出来によって その日の幸福の度合いが左右される 豆を挽いて その都度コーヒーを入れる 豆はブレンドしているが いつも同じ組み合わせではない 豆の焙煎と水分含有量が重要なので そのへんが上手くいって 理想的な一杯が 朝食と一緒に呑めれば その日は 良い日になる

表現生活の方では 最近 やっと一枚 納得できる作品が出来た これを手掛かりにして さらに突き詰めていけたらと思っている でも ネットなどで発表することはしない 何枚か貯まったら どこか 小さな珈琲屋さんなんかで 個展を開くのが夢だ これは 小さな夢だが そこを目指して歩こう 山田リオ

ダンボールのパレット

2021年4月7日水曜日

Anaïs, Anaïs

 私たちは旅をする ある人は永遠に あるいは違う状態を求めて または違う人生を 違う魂を求めて。

          アナイース・ニン


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2021年3月28日日曜日

振り返れば

 振り返れば

そこには ただ

足跡があるだけ

                  山田リオ

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2021年3月27日土曜日

猫は

                                                                        山田リオ

朝 猫は 窓のそばにいて 遠くを見ている 

猫は 窓の外の 高いところを見上げている

朝の空気の中 樹の上の高いところの 小鳥の影を 

猫は これ以上ないくらい真剣に 目で追いかけている

そして それは 猫にとって 幸福な時間だ 

猫は 死ぬときが近づくと どこかに 行ってしまうという

きっと 猫は だれもいない 小鳥の声だけが聞こえる場所で

おだやかに ひとり 旅立って行きたいんだろう 

私も おしまいの時がきたら 誰もいない 静かな林の中

人間の声なんか聞こえない 遠い やさしい林の中

朝の すきとおった空気を吸い 小鳥の声を聞きながら 

小鳥が落とす影の下 落ち葉の上に 横たわっていたいと 思う

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2021年3月21日日曜日

完結

哲学や心理学の本を、たまには読む。読めば面白いし、興味はあるけれど、何しろ頭があまりよくないので、読めば読むほど、ますますわからなくなるような気がする。

俳句や短歌を作る人の中には、句や歌をつくるだけではなくて、作品について、あれこれ言葉で説明する人がいて、それも困る。作品自体で完結しているのなら、説明はいらないんじゃないか。作品より説明の方が長いっていうのも、どうなんだろう。なら、作品はなくてもいいんじゃないかなあ。

自分にとって、毎日の生活の中で、なくてはならないのは、音楽なら器楽曲、つまり、言葉のない音楽だ。それもグループではなく、一人で演奏しているものが好きだ。

絵なら、あんまり上手くないものが好きだ。みんなが「うまいなあ」というような物の多くは、細かく丁寧に描き込んであって、まるで写真みたいな、そういう絵が多いんだけど、ああいう「うまい」のは興味がない。あれなら写真、特に昔の白黒の写真の方が好きだ。

絵は、大人に「上手な」絵の描き方を教えられたことがない幼児が描いた絵の方がずっといい。ああいう絵は、心から楽しめる。

器楽曲も、絵も、作品があれば、説明も解説もいらないと思う。黙って見て、聴いて、解説も説明も無しで、そのまま帰る。はい。おしまい。ああ、よかった。

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2021年3月17日水曜日

Marmalade

橙(ダイダイ)の果実で、今年もマーマレイドを作った。

酸味と甘味、そして苦味もしっかりあって、気に入っている。

このマーマレイドと、堅くて重いライ麦パンの組み合わせを、

今日から、最大限に楽しむことができる。

rio yamada photo


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2021年3月10日水曜日

静かな

 「ラスト♪ソング」という本を読んだ。

著者の佐藤由美子さんは音楽療法士で、たくさんの人の最後を見届けた。

認知症やガン、そういう病気で旅立つ人の最後の瞬間、もう意識が無いと思われる人に、

その人にとって特別な意味を持つ音楽を聴かせた時、しばしば、不思議なことが起こる。

それを目撃した佐藤さんの実体験を記録した本だ。

僕が逝く時は、何を聴きたいだろう。

歌なら、アレかな。楽器だけの演奏なら、ピアノ曲かな。

あの人が書いた、あの曲を、Xさんが弾いた、あの録音がいいな。

いずれにせよ、一生のおしまいの最期に聴くなら、

ゆっくりした、pp 静かなしずかな音楽がいいな pp。

うん。それがいい 。



2021年2月20日土曜日

今しばし死までの時間あるごとくこの世にあはれ花の咲く駅              
                                                                 小中英之 (1937~2001)

rio yamada photo, February 21, 2021


2021年2月17日水曜日

 しばしばもわれに虚ろのときありぬ うしろにかならず猫が来てゐる

                    小島ゆかり


長谷川潾二郎(1904-1988)



2021年2月16日火曜日

しごと

 こころよく我にはたらく仕事あれ それを仕遂げて死なむと思ふ

             石川啄木(1886~1912)


2021年2月10日水曜日

夜明け



まだ夏は始まってないサンダルを片方置いて逃げたっていい

みぞおちに猫をいっぴきのせたまま眠る夜明けは少しつめたい

                   嶋田さくらこ




2021年2月9日火曜日

パン

重いパン 堅いパン 

重くて そして 堅いパン

ライ麦の味と香りのする

噛んで噛んで また噛んで 

ゆっくりと 味と香りを楽しんで 食べる

わたしにとって たいせつな パン                   山田リオ

rio yamada


2021年2月8日月曜日

 針の穴一つ通してきさらぎの梅咲く空に抜けてゆかまし

               馬場あき子

rio yamada


2021年1月31日日曜日

人生

 人生については、あまり真面目に考えないことだ。

どうせ、生きては出られないんだから。

           エルバート・ハバード (1856~1915)  山田リオ訳



2021年1月28日木曜日

可楽

■2011/04/01 (金) 

*海棠や悩みなき日のつづきけり

夕月や青田をわたる風の色

片耳はコオロギに貸す枕かな

枯蓮に師走の水の動かざる

さりながら死にたくもなし年の暮
                   七代目三笑亭可楽(1886~1944)

                      海棠(かいどう)



2021年1月27日水曜日

仲間 2006

■2006/07/02 (日) 蜂
(All rights reserved 、2006Rio Yamada

                      山田リオ


静かだったあの町の 家の小さな庭に 

蜂が来るようになった

スズメバチが 最初の常連で

アシナガバチも 来るようになった

毎朝 水を飲みに来るのだ

なにしろ ここは砂漠の町なので

すべてが乾燥している

わたしが 朝 野菜に水遣りをするのを知っていて

その時を 待っているのだ

庭に出ていくと すぐに翔んで来て

頭のまわりを ぐるぐる翔び回る

スズメバチも 知り合いだから 安心だ


一通り ホースで水をまいて

レンガや 塀にも 打ち水をする

蜂は バジルの苗がお気に入りで

水玉が光るバジルの葉にとまって

ゆっくり 水を飲んでから

垂直に上昇して どこかに翔んでゆく

帽子をかぶって リュックを持って

仕事に出かける時でも おかまいなしに

耳のそばで あの蜂の声で

「水をくださいいいいいい」と言うから

急いで出かける時だって

やっぱり 水をあげないわけにはいかない


子供のころから 昆虫や鳥とは 深いつきあいだった

複雑でやっかいな 人間とのつきあいより

それは はるかに心安らぐものだから

ある意味 彼らは ほんとうの友人とも言える

でも 今になって あの頃を振り返って 思う  

あの 砂漠の町の 人間ではないご近所さんたちは

残された 命の時間を 共に生きる彼らは 

わたしにとって かけがえのない 仲間だ 

Copyright ©2006RioYamada

2021年1月22日金曜日

 なき人のかたみにたてし寺に入りて跡ありけりと見て帰りぬる 

                       西行法師(1118~1190)

2021年1月21日木曜日

 白砂をひかりのような船がゆきなんてしずかな私だろうか

             笹井 宏之(1982~2009)


2021年1月16日土曜日

背後

 第155段(略)死期は序でを待たず。死は前よりしも来らず、予て、後ろに迫れり。人皆、死有ることを知りて、待つ事、しかも急ならざるに、覚えずして来たる。沖の干潟、遥かなれども、磯より潮の滿つるが如し。

(死は、順番では来ない。死は前からは来ない。気がつく前に、背後から忍び寄る。みんなは死について知ってはいても、すぐに来るとは思わないで、のんびりしている。しかし、死は、知らないうちに、もう、すぐそこまで来ている。干潟がずっと遠くまで見通せているせいで、足元に潮が満ちて来ているのに気がつかないのと同じだ。)

               徒然草より、吉田兼好(鎌倉時代末期〜)


2021年1月14日木曜日

わが家の犬はいづこにゆきぬらむ今宵も思ひいでて眠れる

                  島木赤彦



2021年1月8日金曜日

 

2016年6月29日水曜日




              山田リオ



最近、思うんだけど、
人一人の生命と、蟲一匹の生命は、同じ重さなのか。

どれほどの名声を残そうと、どんなに大きなビルを建てようと、
全巻96冊の作品全集を残して逝こうが、
死んでいく時には、わたしたちは何一つ持っては行けない。
燃えるゴミか、燃えないゴミか、どっちかになるしかない。 
蜘蛛がどんなに立派な左右対称の巣を作っても、
夜のあいだに雨が降れば、朝にはその巣は消えている、
それと同じことだ。

猫のまわりに、猫の中に、
すごく巨きな平安を、平和を感じることがある。
木の枝で鳴いている小鳥を見ていると、小鳥のしあわせを思う。
こっちの勝手な思い込みだろうか?
壁にとまっている、いつもの蜘蛛をどんなに見ていても、
そこに何の苦しみも、葛藤も感じることができない。 
それは、こっちが鈍感なせいか?

それに比べて、わたしたちの心のなかに吹き荒れる嵐は、なにごとか。
あの蟲、鳥獣蟲魚の心の中にも、私たちと同じような暴風雨があるのか。
訊いてみないとわからないことだが、
窓の外の小鳥の答えは、おそらく明快だろうと思う。

それもこれも、すべては、こっちの思い込みか?Copyright©2016RioYamada