2014年4月4日金曜日

花弁

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つぼみがふくらみはじめて、散るまで
風の吹く日も、雨の降る日も
五風十雨、日々変化する桜を
自分の眼で見届けることができた春だった。

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靴は脱いでしまって
はだしで歩こう
はなびらを踏んで
足裏に春の冷たさ

そして
もしも運がよければ
はなびらもいっしょにつれて
この足で歩いて
家に帰ろう    Copyright©2014RioYamada     

2014年4月1日火曜日

ダウントン・アビー四年目

Ponte Vecchio

英国のテレビドラマ、ダウントン・アビーも、シーズン4が終わりました。
このシーズン、第三回には、ゲストとして、ソプラノ歌手、キリ・テ・カナワが出演しています。

劇中で、彼女は、ドヴォルジャークの「わが母の教え給いし歌」と、
プッチーニのオペラ「ジャン二・スキッキ」から「O mio babbino caro」を歌いました。
写真は、言うまでもなく、この歌に歌われている橋です。


このシーズンは、心配していたことが現実となった感が・・ 
この春、NHKで放映が始まるので、詳しいことは書かないでおきます。     山田                                                                              Copyright©2000RioYamada

「ダウントン・アビー」についての記事は、今のところ全部で六つです。ブログ右側の「ラベル」の「ダウントン・アビー」をクリックすると、全部一度に読めます。

2014年3月31日月曜日

レンギョウ


連翹に小雨来るや八つ時分

連翹の奥や碁を打つ石の音        夏目漱石 


散り敷ける花連翹に今朝の雨      星野立子


連翹に落花の風のいたりけり

連翹やたそがれそめし一ところ

庭ざくら連翹もつれ咲きにけり

連翹やかくれ住むとにあらねども    久保田万太郎

2014年3月27日木曜日

蜜吸い


 
暖かい朝。花を見に散歩に出る。
近くのソメイヨシノは、今朝、二分か三分咲きくらい。

ひこばえが真っ先に開花している。
太い幹から、じかに小さい花房が開花しているのを見るのは、
なんともいえず、うれしい。

たくさんのヒヨドリが蜜を吸いに来ている。
蜜吸いと言えばハチドリだが、ここには生息していない。

日本の蜜吸いなら、やっぱりメジロ。
メジロを探したけれど、一羽も見つからない。
冬が厳しかったので、北上が遅れているのか。

かわりに、コガラを発見。
コガラはヤマガラやシジュウカラの仲間で、
そのなかで一番小柄なのがコガラ。

連翹の黄色い花はもうすでに、終わりかけている。

何十年ぶりの日本の春だろうか。
そんなこと、話したって、誰一人、信じないだろう。
 Cien Años de Soledad と同じ、絵空事と思うにちがいない。

あああ。これが春か。
なつかしい、日本の春なのか。
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2014年3月19日水曜日

あの日 311短歌


この海が いつもと違う顔をして
町中のみこみ 静かに去った       新妻愛美
 
黒い波 夫 手を離しのまれゆき
私はワタシは ムンクになった

あまりにも よく似た人を追いかけて
いつまで続く この寂しさは        山崎節子
 
あの道も あの角もなし 閖上一丁目
あの窓もなし あの庭もなし

生と死を 分けたのは何 いくたびも
問いて見上げる三日目の月

かなしみの 遠浅をわれはゆくごとし
十一日の度(たび)の冷たさ

「届かなかった声がいくつもこの下に
あるのだ」 瓦礫を叩くわが声       斉藤梢


寂しげに繋ぎおかれしわが犬を
はなしてやりぬ 生きのびろよと      半谷八重子

差し込まむ 穴無き鍵の捨てられず
流されし家の玄関のカギ 

遺体写真 二百枚見て水を飲む
喉音たてずに ただゆっくりと       佐藤成晃 

鍵をかけ 箱にしまったあの頃を
掌で包み 生きるこれから          渡邊穂 


いつ爆ぜむ青白き光深く秘め
原子炉六基の白亜連なる

廃棄物は地元で処理だ? ふざけるな
最終処分場にされてたまるか        佐藤祐偵

 ひるがえる 悲しみはあり三年の
海、空、山なみ ふるさとは 青

ふるさとを 失いつつあるわれが今
歌わなければ 誰が歌うのか        三原由紀子

尾形亀之助 ③

                                   
                 尾形亀之助(1900-1942)

無題詩
Rio Yamada photo 
昨夜 私はなかなか眠れなかつた
そして
湿つた蚊帳の中に雨の匂ひをかいでゐた
夜はラシヤのやうに厚く
私は自分の寝てゐるのを見てゐた

それからよほど夜るおそくなつてから
夢で さびしい男に追はれてゐた



うす曇る日  

私は今日は
私のそばを通る人にはそつと気もちだけのおじぎをします
丁度その人が通りすぎるとき
その人の踵のところを見るやうに

静かに
本のページを握つたままかるく眼をつぶつて
首をたれます

うす曇る日は
私は早く窓をしめてしまひます




小石川の風景詩

空
電柱と
尖つた屋根と


灰色の家

路

新らしいむぎわら帽子と
石の上に座る乞食

たそがれどきの
赤い火事



情慾
何んでも私がすばらしく大きい立派な橋を渡りかけてゐました ら――
向ふ側から猫が渡つて来ました
私は ここで猫に出逢つてはと思ふと

さう思つたことが橋のきげんをそこねて
するすると一本橋のやうに細くなつてしまひました

そして
気がつくと私はその一本橋の上で
びつしよりぬれた猫に何か話しかけられてゐました
そして猫には
すきをみては私の足にまきつこうとするそぶりがあるのです


小さな庭            
     
もはや夕暮れ近い頃である
一日中雨が降つてゐた
泣いてゐる松の木であつた

雨日

午後になると毎日のやうに雨が降る
今日の昼もずいぶんながかつた
なんといふこともなく泣きたくさへなつてゐた

雨の祭日

雨が降ると
街はセメントの匂ひが漂ふ

雨が降る

夜の雨は音をたてゝ降つてゐる
外は暗いだらう
窓を開けても雨は止むまい
部屋の中は内から窓を閉ざしてゐる


2014年3月16日日曜日

花月の夜

徳冨蘆花(1868-1927)


戸をあくれば、十六日の月桜の梢にあり。空色淡くして碧霞み、白雲団々、

月に近きは銀の如く光り、遠きは綿の如く和らかなり。
春星影よりも微に空を綴る。微茫月色、花に映じて、

密なる枝は月を鎖してほの闇く、
疎なる一枝は月にさし出でゝほの白く、風情言ひ尽し難し。
薄き影と、薄き光は、落花点々たる庭に落ちて、地を歩す、宛ながら天を歩むの感あり。
浜の方を望めば、砂洲茫々として白し。何処やらに俚歌を唱ふ声あり。     

又已にして雨はらはらと降り来ぬ。やがてまた止みぬ。
春雲月を籠めて、夜ほの白く、桜花澹として無からむとす。







2014年3月8日土曜日

花

桜の句、歌


●「夜桜」というものが昔はあったそうな。
夜の闇の中に咲いている、やわらかくほの白い桜。
日本人が失ってしまった、最も大切なものの一つ、「闇」(やみ)。
ライトアップなどというものが存在しなかった昔の春夜は、
どんなにか、情緒あふれるものだったことだろうか。      山田 

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 やすらへば手の冷たさや花の中   岡本浜浜
 


花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ

娘(こ)がいねば夕餉もひとり花の雨    杉田 久

 


行き暮れて木の下蔭を宿とせば花や今宵の主ならまし       薩摩守 忠度


わが胸をのぞかば胸のくらがりに桜森見ゆ吹雪きゐる見ゆ 
 
咲き重なる花の奥なる花のいろ更にましろく冷えびえとせり
 
しんしんと頭の底にも陽は差してそこも桜の無惨の白さ
 
鬼も花もまさ眼に見えねばめつむりて眼の奥の闇しかと見つむる  河野 裕子  


散るまへの桜の大樹いだかんと河原へゆけば吾を抱く風                       笹井宏之


天空をながるるさくら春十五夜世界はいまなんと大きな時計

警報機鳴るやもしれぬうつし世のさくらのやみのにほふばかりを   永井陽子
  

春風の花をちらすと見る夢は覚めても胸のさわぐなりけり


世の中を思へばなべて散る花のわが身をさてもいずちかもせむ
   
花みればそのいはれとはなけれども心のうちぞ苦しかりける


願はくは花の下(もと)にて春死なむそのきさらぎの望月のころ

                               西行法師   



2014年3月7日金曜日

アコーデオン弾き

 L'Accordéoniste                        
                                                   Michel Emer ミシェル・エメール(フランス) 1940 
                                                                            訳:山田リオ Copyright ©2014RioYamada

夜の女はきれいだ
あの、向こうの通りの角に立って
女にはひいきの客もいるから
少しはお金も貯まった
仕事が終われば、小さな夢を探しに
街はずれのクラブに行く
彼女の男はアーティストだ
やつは、おかしな小男
アコーデオン弾きだ

女は、アコーデオンを聴く
でも、踊りはしない、ダンスフロアを見もしない
愛のこもった眼差しで
乾いた、神経質そうな
アーティストの指の動きを目で追う
指は女の皮膚を貫く、下から、上から
女は唄いたいのだ、全身で
息を止めて、音楽に浸っていたいのだ

夜の女は悲しい
あの、向こうの通りの角に立って
アコーデオン弾きが、徴兵されて行ったから
もし男が戦争から戻ってきたら
二人でライブハウスをやろう
女が切符を売り、二人で経営する
そして毎晩、男がアコーデオンを弾く
女は、ごく低い声で唄いながら
彼女のアーティストを見つめるだろう

夜の女は一人ぽっちだ
あの、向こうの通りの角に立って
泣いている女を、男たちは好きじゃない
もしあの男が戻らなければ、女は壊れる
さようなら、すべての夢
あいつの一生もおしまいさ
でもそのとき、女の足は、別の場所に向かうだろう
誰か、ほかのアーティストがいる場所へ
誰かが一晩中、音楽を奏でている場所へ 

女はアコーデオンを聴く
アコーデオンが聞こえるから
女は目を閉じて聴く
乾いた、神経質そうな指が女の皮膚を
下から、上から、貫くから
女は泣きたいのだ、忘れるために
やがて、女は踊り始める、回り始める
あの、アコーデオンの音楽にあわせて

 
アコーディオンのフランス語の発音は「アコーデオン、」です。
「アコーデオン弾き」はミシェル・エメールが1940年に、第二次世界大戦に出征する直前に、
Édith Piaf エディット・ピアフに贈ったシャンソンの詩です。訳:山田リオ Copyright ©2014RioYamada







2014年3月5日水曜日

夜更け


夜更け
目がさめる
また眠ろうとおもうのだけれど
心配でしょうがない
いろんなことが心配で
たまらなくなって
どうしよう、と思うとじっとしていられない
あれもこれも、手に余る
自分の力ではどうにもならない
何もかもわずらわしいことばかりで
こんなに苦しいのなら
もう死んでしまおうと思う
そうやっているうちに
疲れ果ててまた眠る 
そうやってまた朝がきて
朝の光のなかで
コーヒーをいれる
その香りをかいでいると
今日は生きてみようと
またそう思う                    Copyright ©2014RioYamada

2014年2月18日火曜日

無言


作品はなんらかの行動、とくに言葉を誘発することがある。
ある作品を見て、無言を貫くには、なにも感じないか、
そうでない場合、ある種の強い意志が必要になる。

今になって祖父が偉かったと思うことは、
小学校低学年の私を美術館に連れて行く。
いっしょに行くが、それぞれ勝手に見る。
彼は無言。説明も意見も批評もなかった。
現場に行き、現物を提示するだけ。
そこには、子供とは言え、
一人の人間に対する信頼と尊敬があったと思う。
理想の教育だったといえよう。 Copyright ©2014RioYamada 

2014年2月17日月曜日

桜の園


 ■2007/02/27 (火) 桜の園

Anton Pavlovich Chekhov (Анто́н Па́влович Че́хов) アントン・パヴロヴィッチ・チェーホフ(ロシア、1860~1904)山田リオ訳

(第四幕、劇の終末、フィルスの独白)

フィルス:
(ドアに歩み寄り、取っ手にさわる)

錠がおりている。みんな、行ってしまったんだな。
(ソファに腰をおろす)
わしのことを忘れて行ったな。
なあに、いいさ、ここに、こうして座っていよう・・・
だが、旦那さまは、外套も召さずに行かれたのか。
(ため息)
わしは、なんで気がつかなかったんだ・・・
あんなに濡れておいでだったというのに・・まったく・・・・・
(何かつぶやくが、聞きとれない)
一生が過ぎてしまった。まるで、生きたおぼえがないくらいだ・・・
(横になる)
すこし、横になろう・・
あああ、なんというざまだ。なさけない・・もう、ぬけがらだ・・・
この、できそこないが。
(横たわったまま、動かない)

(遠くから、まるで空から響いてくるように、音が聞こえる。それは紐が切れるような音だ。そして、やがて音は止む。すべてが静かになる。
そして、斧が木を切る音が、ときおり聞こえてくる)

幕

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2014年2月13日木曜日

都々逸 ①




鬢のほつれは夜風の咎よ それをあなたに疑られ

(びんのほつれは夜風のとがよ それをあなたにうたぐられ)

弱虫が たった一言小さな声で 捨てちゃいやよと言えた晩

明けの鐘 ごんと鳴るころ三日月形の 櫛が落ちてる四帖半

禿げ頭 抱いて寝てみりゃ可愛いものよ どこが尻やら頭やら
                                     

                               

                                  

2014年2月11日火曜日

出会う


  

文字が文字と出会う。
言葉が言葉に出会う。
壁に書いた落書きが
ほかの落書きと出会う。
でも、人と人が出会うとは
そういうことではない。
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