徳冨蘆花(1868-1927)
戸をあくれば、十六日の月桜の梢にあり。空色淡くして碧霞み、白雲団々、
月に近きは銀の如く光り、遠きは綿の如く和らかなり。
春星影よりも微に空を綴る。微茫月色、花に映じて、
密なる枝は月を鎖してほの闇く、
疎なる一枝は月にさし出でゝほの白く、風情言ひ尽し難し。
薄き影と、薄き光は、落花点々たる庭に落ちて、地を歩す、宛ながら天を歩むの感あり。
浜の方を望めば、砂洲茫々として白し。何処やらに俚歌を唱ふ声あり。
又已にして雨はらはらと降り来ぬ。やがてまた止みぬ。
春雲月を籠めて、夜ほの白く、桜花澹として無からむとす。
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