2014年2月18日火曜日

無言


作品はなんらかの行動、とくに言葉を誘発することがある。
ある作品を見て、無言を貫くには、なにも感じないか、
そうでない場合、ある種の強い意志が必要になる。

今になって祖父が偉かったと思うことは、
小学校低学年の私を美術館に連れて行く。
いっしょに行くが、それぞれ勝手に見る。
彼は無言。説明も意見も批評もなかった。
現場に行き、現物を提示するだけ。
そこには、子供とは言え、
一人の人間に対する信頼と尊敬があったと思う。
理想の教育だったといえよう。 Copyright ©2014RioYamada 

2014年2月17日月曜日

桜の園


 ■2007/02/27 (火) 桜の園

Anton Pavlovich Chekhov (Анто́н Па́влович Че́хов) アントン・パヴロヴィッチ・チェーホフ(ロシア、1860~1904)山田リオ訳

(第四幕、劇の終末、フィルスの独白)

フィルス:
(ドアに歩み寄り、取っ手にさわる)

錠がおりている。みんな、行ってしまったんだな。
(ソファに腰をおろす)
わしのことを忘れて行ったな。
なあに、いいさ、ここに、こうして座っていよう・・・
だが、旦那さまは、外套も召さずに行かれたのか。
(ため息)
わしは、なんで気がつかなかったんだ・・・
あんなに濡れておいでだったというのに・・まったく・・・・・
(何かつぶやくが、聞きとれない)
一生が過ぎてしまった。まるで、生きたおぼえがないくらいだ・・・
(横になる)
すこし、横になろう・・
あああ、なんというざまだ。なさけない・・もう、ぬけがらだ・・・
この、できそこないが。
(横たわったまま、動かない)

(遠くから、まるで空から響いてくるように、音が聞こえる。それは紐が切れるような音だ。そして、やがて音は止む。すべてが静かになる。
そして、斧が木を切る音が、ときおり聞こえてくる)



 Copyright ©2007RioYamada 

2014年2月13日木曜日

都々逸 ①




鬢のほつれは夜風の咎よ それをあなたに疑られ

(びんのほつれは夜風のとがよ それをあなたにうたぐられ)

弱虫が たった一言小さな声で 捨てちゃいやよと言えた晩

明けの鐘 ごんと鳴るころ三日月形の 櫛が落ちてる四

禿げ頭 抱いて寝てみりゃ可愛いものよ どこが尻やら頭やら
                                     

                               

                                  

2014年2月11日火曜日

出会う


  

文字が文字と出会う。
言葉が言葉に出会う。
壁に書いた落書きが
ほかの落書きと出会う。
でも、人と人が出会うとは
そういうことではない。
              Copyright ©2014RioYamada 

2014年2月7日金曜日

「作品第1004番」 再録



  

                宮澤賢治(1896-1933) 

今日は一日あかるくにぎやかな雪降りです
ひるすぎてから
わたくしのうちのまはりを
巨きな重いあしおとが
幾度となく行きすぎました
わたくしはそのたびごとに
もう一年も返事を書かない
あなたがたづねて来たのだと
じぶんでじぶんに教へたのです
そしてまったく
それはあなたのまたわれわれの足音でした
なぜならそれは
いっぱい積んだ梢の雪が
地面の雪に落ちるのでしたから


■2002/05/03 (
) 作品第1054番            
                  
             宮澤賢治

何と言われても
わたくしはひかる水玉
つめたい雫
すきとほった雨つぶを
枝いっぱいにみてた
若い山ぐみの木なのである

                      (雫=しずく)


2014年1月24日金曜日

和風は河谷いっぱいに吹く

                                                        
                                             宮澤賢治(1896-1933)  

たうとう稲は起きた
まったくのいきもの
まったくの精巧な機械
稲がそろって起きてゐる
雨のあひだまってゐた穎は
いま小さな白い花をひらめかし
しづかな飴いろの日だまりの上を
赤いとんぼもすうすう飛ぶ
あゝ
南からまた西南から
和風は河谷いっぱいに吹いて
汗にまみれたシャツも乾けば
熱した額やまぶたも冷える
あらゆる辛苦の結果から
七月稲はよく分蘖し
豊かな秋を示してゐたが
この八月のなかばのうちに
十二の赤い朝焼けと
湿度九〇の六日を数へ
茎稈弱く徒長して
穂も出し花もつけながら、
つひに昨日のはげしい雨に
次から次と倒れてしまひ
うへには雨のしぶきのなかに
とむらふやうなつめたい霧が
倒れた稲を被ってゐた
あゝ自然はあんまり意外で
そしてあんまり正直だ
百に一つなからうと思った
あんな恐ろしい開花期の雨は
もうまっかうからやって来て
力を入れたほどのものを
みんなばたばた倒してしまった
その代りには
十に一つも起きれまいと思ってゐたものが
わづかの苗のつくり方のちがひや
燐酸のやり方のために
今日はそろってみな起きてゐる
森で埋めた地平線から
青くかゞやく死火山列から
風はいちめん稲田をわたり
また栗の葉をかゞやかし
いまさはやかな蒸散と
透明な汁液サップの移転
あゝわれわれは曠野のなかに
蘆とも見えるまで逞ましくさやぐ稲田のなかに
素朴なむかしの神々のやうに
べんぶしてもべんぶしても足りない

2014年1月21日火曜日

停留所にてスヰトンを喫す




                 宮澤賢治(1896-1933)




わざわざここまで追ひかけて
せっかく君がもって来てくれた
帆立貝入りのスヰトンではあるが
どうもぼくにはかなりな熱があるらしく
この玻璃製の停留所も
なんだか雲のなかのやう
そこでやっぱり雲でもたべてゐるやうなのだ
この田所の人たちが、
苗代の前や田植の後や
からだをいためる仕事のときに
薬にたべる種類のもの
除草と桑の仕事のなかで
幾日も前から心掛けて
きみのおっかさんが拵へた、
雲の形の膠朧体、
それを両手に載せながら
ぼくはたゞもう青くくらく
かうもはかなくふるへてゐる
きみはぼくの隣りに座って
ぼくがかうしてゐる間
じっと電車の発着表を仰いでゐる、
あの組合の倉庫のうしろ
川岸の栗や楊も
雲があんまりひかるので
ほとんど黒く見えてゐるし
いままた稲を一株もって
その入口に来た人は
たしかこの前金矢の方でもいっしょになった
きみのいとこにあたる人かと思ふのだが
その顔も手もたゞ黒く見え
向ふもわらってゐる
ぼくもたしかにわらってゐるけれども
どうも何だかじぶんのことでないやうなのだ
ああ友だちよ、
空の雲がたべきれないやうに
きみの好意もたべきれない
ぼくははっきりまなこをひらき
その稲を見てはっきりと云ひ
あとは電車が来る間
しづかにこゝへ倒れよう
ぼくたちの
何人も何人もの先輩がみんなしたやうに
しづかにこゝへ倒れて待たう



    作品第1082
                   宮澤賢治


あすこの田はねえ
あの種類では窒素があんまり多過ぎるから
もうきっぱりと潅水(みづ)を切ってね
三番除草はしないんだ
  ……一しんに畔を走って来て
    青田のなかに汗拭くその子……
燐酸がまだ残ってゐない?
みんな使った?
それではもしもこの天候が
これから五日続いたら
あの枝垂れ葉をねえ
斯ういふ風な枝垂れ葉をねえ
むしってとってしまふんだ
  ……せはしくうなづき汗拭くその子
    冬講習に来たときは
    一年はたらいたあととは云へ
    まだかゞやかな苹果のわらひをもってゐた
    いまはもう日と汗に焼け
    幾夜の不眠にやつれてゐる……
それからいゝかい
今月末にあの稲が
君の胸より延びたらねえ
ちゃうどシャッツの上のぼたんを定規にしてねえ
葉尖を刈ってしまふんだ
  ……汗だけでない
    泪も拭いてゐるんだな……
君が自分でかんがへた
あの田もすっかり見て来たよ
陸羽一三二号のはうね
あれはずゐぶん上手に行った
肥えも少しもむらがないし
いかにも強く育ってゐる
硫安だってきみが自分で播いたらう
みんながいろいろ云ふだらうが
あっちは少しも心配ない
反当三石二斗なら
もうきまったと云っていゝ
しっかりやるんだよ
これからの本当の勉強はねえ
テニスをしながら商売の先生から
義理で教はることでないんだ
きみのやうにさ
吹雪やわづかの仕事のひまで
泣きながら
からだに刻んで行く勉強が
まもなくぐんぐん強い芽を噴いて
どこまでのびるかわからない
それがこれからのあたらしい学問のはじまりなんだ
ではさやうなら
  ……雲からも風からも
    透明な力が
    そのこどもに
    うつれ……