2014年4月20日日曜日
2014年4月17日木曜日
2014年4月12日土曜日
2014年4月9日水曜日
鶸の雨
我が命惜しと悲しといはまくを恥ぢて思ひしは皆昔なり
我が心萎(しな)えてあれや街を行く人の一人も病めりとも見ず
山椒の花はみのらず花咲かぬ山椒の木に實はむすぶとふ
知らなくてありなむものを一夜ゆゑ心はいまは昨日にも似ず
かくのみに心はいたく思へれや目さめて見れば汗あえにけり
あかしやの花さく蔭の草むしろねなむと思ふ疲れごゝろに
人は我ははかなきものかひたすらに悲しといふもわがためにのみ
打ち萎え我にも似たる山茶花の凍れる花は見る人もなし
山茶花のわびしき花よ人われも生きの限りは思ひ嘆かむ
山茶花は萎えていまは凍れども命なる間は豈(あに)散らめやも
障子張る紙つぎ居れば夕庭にいよいよ赤く葉頭(けいとう)は燃ゆ
唐鶸(からひわ)の雨をさびしみ鳴く庭に十もとに足らぬ黍(きび)垂れにけり
長塚節(1879-1915) 「ながつかぶし」ではありません
「ながつかせつ」でもありません
ながつかたかし、と読みます
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長塚節
2014年4月4日金曜日
2014年4月1日火曜日
ダウントン・アビー四年目
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| Ponte Vecchio |
英国のテレビドラマ、ダウントン・アビーも、シーズン4が終わりました。
このシーズン、第三回には、ゲストとして、ソプラノ歌手、キリ・テ・カナワが出演しています。
劇中で、彼女は、ドヴォルジャークの「わが母の教え給いし歌」と、
プッチーニのオペラ「ジャン二・スキッキ」から「O mio babbino caro」を歌いました。
写真は、言うまでもなく、この歌に歌われている橋です。
このシーズンは、心配していたことが現実となった感が・・
この春、NHKで放映が始まるので、詳しいことは書かないでおきます。 山田 Copyright©2000RioYamada
「ダウントン・アビー」についての記事は、今のところ全部で六つです。ブログ右側の「ラベル」の「ダウントン・アビー」をクリックすると、全部一度に読めます。
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ダウントン・アビー,
ダウントン・アビー第四シーズン
2014年3月31日月曜日
レンギョウ
連翹に小雨来るや八つ時分
連翹の奥や碁を打つ石の音 夏目漱石
散り敷ける花連翹に今朝の雨 星野立子
連翹に落花の風のいたりけり
連翹やたそがれそめし一ところ
庭ざくら連翹もつれ咲きにけり
連翹やかくれ住むとにあらねども 久保田万太郎
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連翹、レンギョウ、久保田万太郎
2014年3月27日木曜日
蜜吸い
暖かい朝。花を見に散歩に出る。
近くのソメイヨシノは、今朝、二分か三分咲きくらい。
ひこばえが真っ先に開花している。
太い幹から、じかに小さい花房が開花しているのを見るのは、
なんともいえず、うれしい。
たくさんのヒヨドリが蜜を吸いに来ている。
蜜吸いと言えばハチドリだが、ここには生息していない。
日本の蜜吸いなら、やっぱりメジロ。
メジロを探したけれど、一羽も見つからない。
冬が厳しかったので、北上が遅れているのか。 かわりに、コガラを発見。
コガラはヤマガラやシジュウカラの仲間で、
そのなかで一番小柄なのがコガラ。
連翹の黄色い花はもうすでに、終わりかけている。
何十年ぶりの日本の春だろうか。
そんなこと、話したって、誰一人、信じないだろう。
Cien Años de Soledad と同じ、絵空事と思うにちがいない。
あああ。これが春か。
なつかしい、日本の春なのか。
Copyright ©2014RioYamada
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ヒヨドリ、メジロ、コガラ
2014年3月19日水曜日
あの日 311短歌
この海が いつもと違う顔をして
町中のみこみ 静かに去った 新妻愛美
黒い波 夫 手を離しのまれゆき
私はワタシは ムンクになった
あまりにも よく似た人を追いかけて
いつまで続く この寂しさは 山崎節子
あの道も あの角もなし 閖上一丁目
あの窓もなし あの庭もなし
生と死を 分けたのは何 いくたびも
問いて見上げる三日目の月
かなしみの 遠浅をわれはゆくごとし
十一日の度(たび)の冷たさ
「届かなかった声がいくつもこの下に
あるのだ」 瓦礫を叩くわが声 斉藤梢
寂しげに繋ぎおかれしわが犬を
はなしてやりぬ 生きのびろよと 半谷八重子
差し込まむ 穴無き鍵の捨てられず
流されし家の玄関のカギ
遺体写真 二百枚見て水を飲む
喉音たてずに ただゆっくりと 佐藤成晃
鍵をかけ 箱にしまったあの頃を
掌で包み 生きるこれから 渡邊穂
いつ爆ぜむ青白き光深く秘め
原子炉六基の白亜連なる
廃棄物は地元で処理だ? ふざけるな
最終処分場にされてたまるか 佐藤祐偵
ひるがえる 悲しみはあり三年の
海、空、山なみ ふるさとは 青
ふるさとを 失いつつあるわれが今
歌わなければ 誰が歌うのか 三原由紀子
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3・11短歌
尾形亀之助 ③
尾形亀之助(1900-1942)
無題詩
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| Rio Yamada photo |
そして
湿つた蚊帳の中に雨の匂ひをかいでゐた
夜はラシヤのやうに厚く
私は自分の寝てゐるのを見てゐた
それからよほど夜るおそくなつてから
夢で さびしい男に追はれてゐた
うす曇る日
私は今日は
私のそばを通る人にはそつと気もちだけのおじぎをします
丁度その人が通りすぎるとき
その人の踵のところを見るやうに
静かに
本のページを握つたままかるく眼をつぶつて
首をたれます
うす曇る日は
私は早く窓をしめてしまひます
小石川の風景詩
空
電柱と
尖つた屋根と
灰色の家
路
新らしいむぎわら帽子と
石の上に座る乞食
たそがれどきの
赤い火事
情慾
何んでも私がすばらしく大きい立派な橋を渡りかけてゐました ら――
向ふ側から猫が渡つて来ました
私は ここで猫に出逢つてはと思ふと
さう思つたことが橋のきげんをそこねて
するすると一本橋のやうに細くなつてしまひました
そして
気がつくと私はその一本橋の上で
びつしよりぬれた猫に何か話しかけられてゐました
そして猫には
すきをみては私の足にまきつこうとするそぶりがあるのです
小さな庭
もはや夕暮れ近い頃である
一日中雨が降つてゐた
泣いてゐる松の木であつた
雨日
午後になると毎日のやうに雨が降る
今日の昼もずいぶんながかつた
なんといふこともなく泣きたくさへなつてゐた
雨の祭日
雨が降ると
街はセメントの匂ひが漂ふ
雨が降る
夜の雨は音をたてゝ降つてゐる
外は暗いだらう
窓を開けても雨は止むまい
部屋の中は内から窓を閉ざしてゐる
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尾形亀之助
2014年3月16日日曜日
2014年3月8日土曜日
花
●「夜桜」というものが昔はあったそうな。
夜の闇の中に咲いている、やわらかくほの白い桜。
日本人が失ってしまった、最も大切なものの一つ、「闇」(やみ)。
ライトアップなどというものが存在しなかった昔の春夜は、
どんなにか、情緒あふれるものだったことだろうか。 山田
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やすらへば手の冷たさや花の中 岡本浜浜
花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ
娘(こ)がいねば夕餉もひとり花の雨 杉田 久
娘(こ)がいねば夕餉もひとり花の雨 杉田 久
行き暮れて木の下蔭を宿とせば花や今宵の主ならまし 薩摩守 忠度
春風の花をちらすと見る夢は覚めても胸のさわぐなりけり
世の中を思へばなべて散る花のわが身をさてもいずちかもせむ
花みればそのいはれとはなけれども心のうちぞ苦しかりける
願はくは花の下(もと)にて春死なむそのきさらぎの望月のころ
西行法師
わが胸をのぞかば胸のくらがりに桜森見ゆ吹雪きゐる見ゆ
咲き重なる花の奥なる花のいろ更にましろく冷えびえとせり
しんしんと頭の底にも陽は差してそこも桜の無惨の白さ
鬼も花もまさ眼に見えねばめつむりて眼の奥の闇しかと見つむる 河野 裕子
散るまへの桜の大樹いだかんと河原へゆけば吾を抱く風 笹井宏之
天空をながるるさくら春十五夜世界はいまなんと大きな時計
警報機鳴るやもしれぬうつし世のさくらのやみのにほふばかりを 永井陽子
警報機鳴るやもしれぬうつし世のさくらのやみのにほふばかりを 永井陽子
世の中を思へばなべて散る花のわが身をさてもいずちかもせむ
花みればそのいはれとはなけれども心のうちぞ苦しかりける
願はくは花の下(もと)にて春死なむそのきさらぎの望月のころ
西行法師
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花、桜、
2014年3月7日金曜日
アコーデオン弾き
L'Accordéoniste
Michel Emer ミシェル・エメール(フランス) 1940
訳:山田リオ Copyright ©2014RioYamada
夜の女はきれいだ
あの、向こうの通りの角に立って
女にはひいきの客もいるから
少しはお金も貯まった
仕事が終われば、小さな夢を探しに
街はずれのクラブに行く
彼女の男はアーティストだ
やつは、おかしな小男
アコーデオン弾きだ
女は、アコーデオンを聴く
でも、踊りはしない、ダンスフロアを見もしない
愛のこもった眼差しで
乾いた、神経質そうな
アーティストの指の動きを目で追う
指は女の皮膚を貫く、下から、上から
女は唄いたいのだ、全身で
息を止めて、音楽に浸っていたいのだ
夜の女は悲しい
あの、向こうの通りの角に立って
アコーデオン弾きが、徴兵されて行ったから
もし男が戦争から戻ってきたら
二人でライブハウスをやろう
女が切符を売り、二人で経営する
そして毎晩、男がアコーデオンを弾く
女は、ごく低い声で唄いながら
彼女のアーティストを見つめるだろう
夜の女は一人ぽっちだ
あの、向こうの通りの角に立って
泣いている女を、男たちは好きじゃない
もしあの男が戻らなければ、女は壊れる
さようなら、すべての夢
あいつの一生もおしまいさ
でもそのとき、女の足は、別の場所に向かうだろう
誰か、ほかのアーティストがいる場所へ
誰かが一晩中、音楽を奏でている場所へ
女はアコーデオンを聴く
アコーデオンが聞こえるから
女は目を閉じて聴く
乾いた、神経質そうな指が女の皮膚を
下から、上から、貫くから
女は泣きたいのだ、忘れるために
やがて、女は踊り始める、回り始める
あの、アコーデオンの音楽にあわせて
アコーディオンのフランス語の発音は「アコーデオン、」です。
Michel Emer ミシェル・エメール(フランス) 1940 訳:山田リオ Copyright ©2014RioYamada
夜の女はきれいだ
あの、向こうの通りの角に立って
女にはひいきの客もいるから
少しはお金も貯まった
仕事が終われば、小さな夢を探しに
街はずれのクラブに行く
彼女の男はアーティストだ
やつは、おかしな小男
アコーデオン弾きだ
女は、アコーデオンを聴く
でも、踊りはしない、ダンスフロアを見もしない
愛のこもった眼差しで
乾いた、神経質そうな
アーティストの指の動きを目で追う
指は女の皮膚を貫く、下から、上から
女は唄いたいのだ、全身で
息を止めて、音楽に浸っていたいのだ
夜の女は悲しい
あの、向こうの通りの角に立って
アコーデオン弾きが、徴兵されて行ったから
もし男が戦争から戻ってきたら
二人でライブハウスをやろう
女が切符を売り、二人で経営する
そして毎晩、男がアコーデオンを弾く
女は、ごく低い声で唄いながら
彼女のアーティストを見つめるだろう
夜の女は一人ぽっちだ
あの、向こうの通りの角に立って
泣いている女を、男たちは好きじゃない
もしあの男が戻らなければ、女は壊れる
さようなら、すべての夢
あいつの一生もおしまいさ
でもそのとき、女の足は、別の場所に向かうだろう
誰か、ほかのアーティストがいる場所へ
誰かが一晩中、音楽を奏でている場所へ
女はアコーデオンを聴く
アコーデオンが聞こえるから
女は目を閉じて聴く
乾いた、神経質そうな指が女の皮膚を
下から、上から、貫くから
女は泣きたいのだ、忘れるために
やがて、女は踊り始める、回り始める
あの、アコーデオンの音楽にあわせて
アコーディオンのフランス語の発音は「アコーデオン、」です。
「アコーデオン弾き」はミシェル・エメールが1940年に、第二次世界大戦に出征する直前に、
Édith Piaf エディット・ピアフに贈ったシャンソンの詩です。訳:山田リオ Copyright ©2014RioYamada
Édith Piaf エディット・ピアフに贈ったシャンソンの詩です。訳:山田リオ Copyright ©2014RioYamada
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エディット・ピアフ
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