2023年2月19日日曜日

ささやき

ミュート、または、弱音器といいます。

ヴァイオリンの駒の部分に取り付けると、

音量を抑えるだけではなく、音色を劇的に変えます。

作曲家がミュートを指定して曲を書くこともあります。

しっとりした音、ささやくような音、寂しげな音、いやいや、

音色を言葉で表すのは、不可能。だから音楽や、絵がある。

黒いのは黒檀、白い方は、たぶん、牛骨で作った物だと思う。

                        やまだ

© rio yamada


              

2023年2月11日土曜日

やさしさ


ピシンギーニャ(ブラジル, 1897~1973)の作品です。 

カリニョーソは、ブラジルの第二国歌とも言われます。 

********************

CARINHOSO (やさしさ)  (訳:山田 リオ2001)    

なぜだろう。
私の心臓は、幸せに鼓動し
私の眼はいつも微笑んでいるのに
歩いて行くこの道も、あなたも   
なぜか、同じように、私から逃げて行く。

ああ、あなたが私の思いをわかってくれたら
どれほど、あなたを求めているか
わたしのほんとうの心をわかってくれたら

来て。わたしのぬくもりを感じに
私の唇が、あなたを待っているから
来て。胸の痛みを癒しに
私の心の大きな空白を、
あなたが満たしてくれる
その時。それが。
私の幸せ。ほんとうの幸せ。
私の、心臓・・・・・    
    
(All rights reserved 、2001 Rio Yamada)


2023年2月2日木曜日

不在

 不在、それは存在の最高形態。

          ジェームス・ジョイス (1882~1941)   (山田リオ訳)

© rio yamada


2023年1月25日水曜日

 淋しさの底ぬけて降るみぞれかな

              内藤丈草 (1662~1704)




2023年1月23日月曜日

なき人

 なき人をしのぶることもいつまでぞ今日のあはれは明日のわが身を

                          加賀少納言

© rio yamada



2023年1月22日日曜日

いいね。

 「美意識は多数決じゃないから。」

                 桃井かおり



2023年1月20日金曜日

可能性

 わたしは詩を書かないことを笑われるよりも、

詩を書くことを笑われるほうが好き
                 ヴィスワヴァ・シンボルスカ
ヴァルタの樫の木



2023年1月18日水曜日

歩け

歩いている なにも考えないで 歩いている

そうやって 歩いていると 笑顔になる

いつもの キジバトに会えば もっと笑顔になる

キジバトに キミは可愛いねえ とか 言いながら

一緒に歩く キジバトは逃げないで 付き合ってくれる

一喜一憂 笑ったり泣いたりしながら それでも 歩く

今 この日に この一日になって 歩く

今日の到達点も 明日の心配もなく 今を 歩く

                 山田リオ

ピシンギーニャ © rio yamada




2023年1月13日金曜日

林檎

 青林檎ひとつつくゑにありながら夕陽ののちはつきのかげさす

                          坂野信彦

rio yamada photo


2023年1月11日水曜日

 Les Roseaux (葦)

フランソワ・クープラン(1668~1733)、フランスの作曲家

(この音楽は、一つ前の「晩年」という詩とは、無関係です。)





2023年1月9日月曜日

苦笑

 5/25/2013

          

  
            山田リオ

今、あなたに語ろうとしているのは
遠い昔に終わってしまった
今はとっくに忘れられてしまった
あの国の あの時代が終わろうとしていたとき
そのロウソクの芯が燃え尽き
まさに消えようとする瞬間に
明滅する細い炎のような音楽のことなのですが

そこにいるあなた、あなたなら
ぼくがどの音楽のことを言っているのか、わかるでしょう?

若かったあの頃から、くりかえし聞いてきた、あの音楽
それは漠然とした、あの時代にありがちだった
ある種の一般的な音楽のことを言っているのではありません

あの人が残し、そして、あの数人の演奏家だけが再現することができた
そして、あの人たちが立ち去ったあとには
この世界では誰も演奏することさえなくなってしまった
今は、作曲者の名前すら、大多数の人たちに忘れ去られてしまった
あの曲のことです

あの頃、初めて、その曲を聞いたときに覚えた
ある、言葉にできない、あの「感じ」を、もう一度、味わうために
一人のとき、特別なときに、そっと聞いたあの曲の、あの楽章
ずっとその「感じ」を掴もうと、追いかけていたのだけれど
いつも、指の間をすりぬけて行った、あの「感じ」

今朝、またあの曲を聴いていて
一生で初めて、あの「感じ」にあてはまる
ある言葉がうかんできたのですが
その言葉は、たとえあなたにも
だれにも言わないまま、逝こうと思います

なぜって、みんなにそれを言うのは無意味だし
それは、不遜なことじゃないかと思いますから
だから今は、あの作曲者と演奏家たちにだけ聞こえる声で
こっそり、今朝うかんだ、あの言葉を伝えようと思います。
それを伝えたら、きっとあの人は
タバコの煙に霞んだ広間の遠くのほうからぼくを見て
苦笑してくれるような気がします
                                                                                        Copyright ©2013RioYamada 

2023年1月3日火曜日

Coda

 音楽用語のFinale, フィナーレのことから。

クラシックのソナタ形式で、最初に第一楽章、ね?

それが終わって、次は第二楽章、みたいに進んでいって、

とうとう最後に来るのが、フィナーレ、意味は、最終章。

これで終わりですよ、ということなんだけど、でも、たまに、

フィナーレの最後のところにCoda, コーダというのがくっつくことがある。

まだなんか言い残したことがあるので、くっつけるんだけど、まあ、尻尾ね。

意味は、日本語では、結尾とか結句とかいって、わかりにくいけど、

つまり、コーダは、「終わりの、おしまいの、おまけ」。

最後に、もう一言だけ言わせてね、みたいなことです。

                           山田リオ

                      

rio yamada photo


2022年12月31日土曜日

感謝

 
こたえは いつもそこにある

こたえは 言葉じゃなくて

目の前の そこにある 世界そのものにあるんだよ

ほら すぐそこ あなたの目の前に ね

              山田リオ

rio yamada photo






2022年12月14日水曜日

そうだ

こんなところに立ち止まって

まわりを見回したり 後ろを振り返ったり

あれこれ くよくよ 思い迷っている場合じゃない

今まで ひとりで やって来たことを もう一度信じて

このまま 同じ道を まっすぐ 歩いて行けばいい 

心配することなんか なにもないんだから。

                                                                        山田リオ

rio yamada photo


2022年12月8日木曜日

夜明け前の

 今朝 夜明け前に ずいぶんはっきりとした 夢を見た

目がさめて 思ったのは あれは ここしばらくの間 苦しんでいた

「あのこと」への答えなんだろうな と いうこと

久しぶりに 気持ちの良い 目覚めだった 

そうか そういうことなのか と 朝のコーヒーを飲みながら

今 思い返しているところです       YR

rio yamada photo




2022年12月3日土曜日

分類 再録











                山田リオ
どんなふうに 分類されても
虫ピンで 展翅台や標本箱に 並べられても 
種や目や属や科に 整理され 分けられても
なんとか世代とか 決めつけられても
べつに 何とも思わない 気にもしない
そういう いいかげんな 思い込みは 
いつだって 的はずれで 見当違いだから
だれに どういうふうに 見られているとか
そんなこと ほんとうに どうでもいいこと
自分の身体が 今 感じている
そのことだけが 生きていること
今日 この陽射しの中に立って
今の この風に吹かれている
そのことだけが わたしは Copyright©2019RioYamada 





2022年11月12日土曜日

そして 秋

なぜだろう この秋は 

コスモスのことが 気になる

コスモスが 咲いていると 立ち止まる

              山田リオ

rio yamada photo


             


2022年11月1日火曜日

ひとり

rio yamada photo

ひとりで歩く ひとりで見る ひとりで聞く 

ひとりで思う ひとりで行く

ひとりの眼 ひとりの耳 ひとりの思い 

ひとりの言葉 ひとりの心 ひとつの命
 
                   山田リオ




 





2022年10月24日月曜日

反省

これ、読書感想文ではありません。
そういうのを書くのは好きじゃないし。
でも、この本は、定期的に、繰り返し、読んでいる。
全部じゃなくても、どこか、一部分だけ、読む。
前に読んだ部分を、また読む。
そして、「ああ、そうだよな、そうなんだよ。自分は、こんなことじゃ、ホント、ダメだよな」なんて、反省したり、恥じたり。情けなくなったり、教えられたり。。
だから、この本は、ぼくの反省材料。道しるべ。道標。道案内人。ぼくを、時々、叱ってくれる、
そういう物。             ヤマダ



2022年10月17日月曜日


 

人類も 植物も 宇宙の塵さえも

私たちは みんな 

目に見えぬ笛吹きが 遥か遠くで吹く

あの神秘的な音楽に合わせ 踊る

        アルバート・アインシュタイン (1879~1955)  山田リオ訳


2022年10月8日土曜日

ヴィブラソインス 振動


 VIBRAÇÕES     Trio Brasileiro (ブラジル)右側のドゥドゥ・マイアが弾いている楽器はバンドリンといいます。ブラジルの伝統音楽、ショーロChoroの音楽には不可欠の楽器です。左側のアレックス・ロラは前半、暇していますが、彼が弾くパンデイロ(タンブリン)もショーロには欠かせない楽器です。

2022年9月17日土曜日

過去

 過去とは 私たちが まだ 結論を出すことができない場所のことだ

               マイクル・オンダーティエ (1943~     ) 訳:山田リオ

rio yamada photo


2022年9月15日木曜日

コスモス

コスモスの花が明るく咲きめぐり私が居らねば誰も居ぬ家

                   河野裕子 (1946~2010)

rio  yamada photo


2022年8月31日水曜日

自由律俳句 08/05/2011

rio yamada photo


夜の河が見えない夜鶯の歌   夜鶯(ナイチンゲール)

夜風に吹かれている木のとなりに座る


ハイビスカスが咲いて一日中鳥の歌 

オレンジを洗う水を止めると鳥の歌

窓の外は鳥の歌なのに涙ながれて

珈琲ぽたぽた落ちている時が花

紙袋からもれている白桃のかおり 

白桃を切りわけたあとの指のかおり

ナンをください料理はあとでいい

ナンを食べ終わってクミンを噛む

夜の駐車場を風が抜けていく
暗い道のどこかにたしかにジャスミン

だれかがアラブの楽器を弾いている夜
 
スイカを食べている人を見ている

静かなおだやかな音楽のなかにいる

便器を磨いている時間だけの平和

もう会えない人 でもまだそこにいる人

朦朧として歩く雨を思って歩く

途方に暮れているのに笑っていた

静かな細い音楽を全身に浴びている

どんなに一人でもまた誰かと出会う
                    山田リオ Copyright ©2011RioYamada

2022年8月20日土曜日

 眠りから覚めても此処がうつつだというのは少し待て鷺がゐる

                  笹井宏之 (1982~2009)

2022年8月18日木曜日

今日

 ともかくも家の明かりを全部消す今日のつじつまは合はなくてよし

                  永井陽子 (1951~2000)

2022年8月6日土曜日

実朝

世の中は鏡にうつる影にあれやあるにもあらずなきにもあらず

                 源実朝 (1192~1219)
rio yamada photo