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| © rio yamada |
2024年4月22日月曜日
He 2004
■2004/11/30 (火)
そのホームレスの男に会ったのは
ニューヨーク マンハッタンの
ずっと下の方の 東側 道も狭い
豪華でも 美しくもない 一角
そういう街のコーヒーショップで
わたしは コーヒーを飲んだり
雑用や 書き物なんかをしながら
午後の数時間をすごした
彼は コーヒーショップのすぐそば
歩道のすみっこに 彼の全財産である
襤褸包みといっしょに 住んでいた
つまり そこが 彼の住所だった
先週の ニューヨークタイムス
ヘミングウェイの 小説
彼は いつも 何かを読んでいた
彼と私は いつも 何も言わなくても
二人だけの暗号を 目と目で交わした
そう 彼と私は 同類だったんだ
彼が死んだ日
ニューヨーク市のトラックがやってきて
彼を襤褸包みといっしょに運んでいった
きれいになった 日暮れの舗装道路の上
貧しい人もそうでない人も そこに立ち
お互いに 話したこともない隣人たちが
みんな それぞれ ロウソクを灯して
昨日まで そこに住んでいた
あの ホームレスの男のための
ロウソクの炎が 夜風にゆれているのを
最後の一本が消えてしまうまで
見つめていた Copyright ©2004RioYamada
2024年4月18日木曜日
2024年4月9日火曜日
2024年3月22日金曜日
2024年3月21日木曜日
悲しいギター 2005
■2005/08/13 (土) SAD GUITAR
中国系アメリカ人の女性詩人、マリリン・チンの「サド・ギター」です。
「悲しいギター」
マリリン・チン 訳:山田リオ
盲目の移民よ
あなたはこれが理解できるか
触る、木、
これは木
そして火ではない、これは
土で、木ではない
これは自然界の水だ
*
お茶がはいって、ご飯が炊ける
あなたが去って、十日間
わたしはよろめき、つまずいて
連想ゲームをしてみよう
フラワーに、韻を踏むのは
バワー、シャワー、それとも、パワー?
*
見知らぬ人よ、中国女を
愛したことがありますか?
彼女の心は、菊の花
そこには、深い峡谷がある
*
おお、曲がった杖、憤怒!
私はここに、あなたの中に、あなたなしで
ねっとりした闇をまさぐり
魂と怒りを、引きずり出す
*
わたしはロープを持たない女
逃げてしまった、馬を追う
わたしの馬車の、馬はいななき
蹄の音は略奪する
*
あなたが聞こえる、でも見えない
あなたに触れる、でも、遠い
淋しさについて、学んだことは
弦を爪弾く、三本の指
全てがわかる、あの心臓の---
悲しいギターの、空洞の
2024年1月23日火曜日
遠ざかるスケートボード
| ■2010/07/02 (金) |
山田リオ
その人はこっちを向いたままスケートボードに正座している
いつものあの表情を保ったままのその人を乗せて
スケートボードは徐々に加速しながら遠ざかる
こっちを向いたままのその人の表情は変わらない
正座したままだんだん遠く小さくなっていって
とうとう見えなくなったむこうの
遠い空には白い雲
永い人生の中のほんの一瞬すれ違い
ほんのわずかな言葉を交わしただけで
分かり合えたような気になっただけで
遠ざかり小さくなりもう見えなくなったあの人とは
ほんの少しだけ言葉を交わすことはあったのだが
お互いの目を見ることもなくわかれて行った無数の人たち
見上げる空には白い雲 Copyright©2010RioYamada
2023年12月10日日曜日
2023年12月7日木曜日
実生 10/04/2011(再録)
| 2011 © rio yamada |
2023年11月30日木曜日
2023年11月25日土曜日
2023年11月17日金曜日
2023年11月12日日曜日
2023年10月25日水曜日
2023年10月6日金曜日
母
■2005/10/28 (金) 山田リオ
気がついたら いつのまにか わたしは
母よりも 年上になっていた
これから もし わたしが生きていれば
毎年 一歳ずつ 母より年上になっていくわけで
それは 不思議なことのようにも思える
親戚の一部から 無視されていた母は
でも わたしにとって 彼女はいつも
むしろ 自分は 男でありながら
だんだん 母に似た人間になっていく気がする
わたしは 父をおぼえていないので
母とわたしは この世で唯一の親であり 子であり
歳を重ねることで 母に似ていくのは 当然のことかもしれない
母は 物の手触りを愛する人だった 何かに目をとめると
とことこ歩いて 道を横切り 手を触れずにいられなかった
それは 角の教会の 壁の石積みだったり
古びて朽ちかけた 板塀だったりするのだが
彼女は立ち止まり 目でいつくしんでから そっと手を触れた
母に「勉強しろ」 と言われたことは 一度もなかった
将来や就職について 訊かれたことも 一度もなかった
でも 彼女は ぼくが 何か 好きなことに夢中になっているのを
石や板塀を見るのと同じ あの まなざしで
曲がり角から覗き見るように 見ていた
お母さん わたしは だんだん あなたに似てきました
そして あなたが何を思い なにを感じて 生きていたのか
すこしだけ わかってきたような 気がするのです
いつか あなたと 再会できる日が来たら
あなたに そっくりな人間に生んでくれて ありがとう
そう 言いたいです Copyright©2005RioYamada
2023年10月4日水曜日
姓名
姓は苗字、名は名前、英語だと、Last name and first name.
ああ、そうだ。surname, given name という言い方もある。
surname が苗字で、given name が・・
でも、「下の名前」という言い方には、なんだろう、違和感がある。
ぼくの名前の「リオ」は、ポルトガル語、またはスペイン語で「河」という意味だ。
そして、河は、海に向かって流れて行く。そう。いつか、海に出会う。
だから何だって? だから、ね、そういうことなのさ。
ところで、一生の間には、一度くらい、
この写真のような日没に出会う幸運も、あるんだよね。 Rio
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| © rio yamada |
2023年10月3日火曜日
あの音楽
| ■2010/05/20 (木) |
音楽のことを書きます。
大切な音楽とは、どんなものか、
いや、そうであることを願います。
わたしにとって大切な音楽は、ジャンルで呼べるようなものではありません。
それは、歌詞も無く、まあ、かなり地味なものです。
その音楽は、自分が病床にあって、もうダメだ、という時に、
もうどうしようもなくて、あきらめて、ビルの屋上から跳ぼうという、
どんな音楽かって?
わたしが、どんなに酔っ払っていたって、
山田りお Copyright©2010RioYamada





















