2022年4月5日火曜日

未来

くずおれやすい未来を抱いて立っている頭上にいちめん軋む夏空

                   永井陽子 (1951~2000)

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2022年4月2日土曜日

苔の森

 花を散らす雨の朝 桜の木の幹に 青木ヶ原樹海を見つけた   

                                                                                         R.Y.

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2022年4月1日金曜日

幸福


 

■2002/05/13 ()

『ア・フェリシダージ』は、ブラジルの映画「黒いオルフェ」に使われた歌。
ブラジルの詩人、ヴィニシウス・ジ・モライス作詩。
アントニオ・カルロス・ジョビン作曲。
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A  Felicidade(幸福)
 
      ヴィ二シウス・ジ・モライス (1927-1994)
                                           翻訳:(ポルトガルー日)山田リオ

悲しみには終わりがない。
幸福には、終わりがある。

幸福は、風に浮かぶ羽根のように
その短い命を軽々と飛び過ぎる。
必要なのは、そよ風だけ。

貧しい人の幸福は
あのカーニバルの、巨大な幻覚。
一年中、働くのは
王様や、海賊、庭師、
そんな、一瞬の夢を見るため。

悲しみには終わりがない。
幸福には、終わりがある。

幸福は、花びらの上の朝露のように
かすかにふるえて、静かに光る。
それから、愛の涙になって、落ちる。

わたしの幸福は、
あなたの瞳の中の夢。
夜が、夜明けを求めて
過ぎ去り、過ぎ去って行くように。
だから、お願いだから、
小さな声でささやいて。
あなたの一日が始まるときに
愛の口づけで目覚めるように。

幸福は、気が変になりそうで
そのくせ、とても繊細で、はかない。

それはすべての花に
すべての色があるように
すべての小鳥の巣には
すべてのやさしさがあるように

幸福は、それほどにもこわれやすいから
わたしは、いつも気をつけて、
大切に。この手のなかに。
                                         Copyright © 2002Rio Yamada



2022年3月31日木曜日

 春の嵐の夜が明けて 別れの朝 

               R.Y.

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2022年3月29日火曜日

 千切れつつ増えゆく雲を眺めをり人に生まれてからといふもの

                笹井宏之 (1982~2009)



 





2022年3月28日月曜日

野上彰

今日は 朝五時に起きて 出かけて
一日 病院にいました そして
夕方 帰ってきて 疲れていたけれど
ひさしぶりに お酒を呑みました
ずっと 野上彰のことを 思っていて
野上彰のこと 前奏曲のことが 頭から離れなくて
今も 前奏曲のことを 野上彰のことを
思っています
           山田リオ

  イブキトラノオ


 

2022年3月25日金曜日

天空をながるるさくら春十五夜世界はいまなんと大きな時計

               永井陽子 (1951~2000)

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2022年3月22日火曜日

 命二つの中に生きたる桜かな

              芭蕉 (1644~1694)

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2022年3月19日土曜日

 たどりつきたいカフェまでの誰も知らない路地裏を行くように会う

缶の底一つ残ったドロップは夕日の色だ あしたは晴れる

ねえきみの声がすきだよ雨ふりの夜はいっしょに眠っていいかな

                嶋田さくらこ



2022年3月14日月曜日

Garua


以前に歌詞を翻訳しました。このブログに掲載してあります。

「雨」という題名のタンゴです。

ロベルト・ゴジェネチェの唄、

アニバル・トロイロのバンドネオン。


2022年3月11日金曜日

 この春の 最初の蘭が 開こうとしています

この星に住む みんなが おだやかに 生きられますように

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2022年3月9日水曜日

 夜が明けて わたしは まだ 生きている

こんな朝 何を唄ったら いいのか

思えば わたしたちは いつだって

いくつも 空が落ちてくるような そんな世界で 

生きたり 出会ったり 愛したり

別れたり 唄ったり 歩いたり   

生まれたり 死んだりを 

くりかえしてきたのかもしれない

生きているのは すごいことだ

だから今日は 今は 生きているんだから

感謝して せいいっぱい 生きよう

               山田リオCopyright ©2022RioYamada

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2022年3月7日月曜日

寒椿

 ことごとに人待つ心寒椿

            中村汀女

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2022年3月1日火曜日

街角に黒き日傘をとぢる指 あなたの顔が思ひ出せない 

                  大西久美子



2022年2月27日日曜日

執着

決して屈服するな。遠慮するな。論理的な方向に行くな。

あなた自身の魂を、世の中の流行に合わせて変えようとするな。

むしろ、あなたの最も激しい執着に、情け容赦なく従うことだ。

        フランツ・カフカ (1883~1924)   山田リオ訳





 

2022年2月14日月曜日

思い出すのはもうやめよう

NARA LEÃO - CHEGA DE SAUDADE

作詞は ヴィニシウス・ジ・モライス   

作曲は アントニオ・カルロス・ジョビン

題名の「思い出すのはもうやめよう」は山田リオの訳です

多くの人は この曲が 最初に書かれたボサノヴァだ と言います

歌手は ナラ・レアン



2022年2月7日月曜日

才能について  (2)

と ここまで書いて 当然出てくる「才能のことを書いてるお前」 つまりワタシの事だけど 「オマエごときが才能について書くのって どうなの?」 っていう疑問だけど マコトに ごもっともですが ここは 聞こえないふりして 続けます

で 話し言葉の事だけど たとえば 子供が生まれますよね で 新生児は退院して家に来る すると 家では 全員が なぜか 日本語を話している そしてこの子は 0歳からの数年間 家で 日本語を聞きながら育つ つまり 毎日毎日 耳から入って来るのは 日本語というわけ で 数年のうちに 子供は 当然のように 日本語を話しはじめる

もし 赤ん坊が住む家に フランス語が母国語の人と スペイン語が母国語の人がいれば 子供は当然 幼児のうちに フランス語とスペイン語を両方 話すようになる いわゆる バイリングアル というわけ

でね 音楽も 同じ事なの 親か 誰か赤ん坊と一緒に住んでる人が 例えば すごく松任谷由実が好きで 毎日毎日朝から晩まで松任谷由実の歌を聴いていたとすると この子の耳には ユーミンが毎日入って来る そして この子の母国語 じゃなくて 母音楽はユーミンになって それが刷り込まれたというわけ これが 場合によっては ずっと後になって もしかしたら 老人になってから 強烈なボディーブロウのように効いてくる ってこともある

つまり 人生の一番はじめに つまり 0歳から数年間のうちに 何を耳から入れてあげるかで その人の人生は劇的に変わって来るんじゃないか と ぼくは思っています でね これ 小学生になってからでは もう 手遅れなの 脳が柔らかいうちに じゃないと ダメなの

特にね 幼い時に 耳から入れてもらった音楽を とっくに すっかり 忘れていたとしても あれから ながいながい時間が流れて その子が大人になってから いろんなことがあって 病んだ時に あの時の 幼児の時の あの音楽が 遠い遠いところからやって来て この人を 救ってくれる そういうことも あるわけです 

もちろん 「あの頃に耳に入れてもらった音楽がどんなものだったのか」 ってことも とても とても 大事 

それと同時に 十回二十回程度じゃなく 「毎日 毎日 毎日 ずっと ずっと 繰り返し 耳から入れてあげる」ってのも すごく 大事 しかし 「座りなさい聞きなさい」はゼッタイにダメ 「なんとなく 知らないうちに いつも あの音楽が なんとなく聞こえていて 自然に 耳から入って来ていた」 ってのが一番いいのよ 

「練習しなさい! 勉強しなさい!」というのも 最悪の結果を生むよね

でもさ 話しは「才能」から ずいぶんと遠くに来ちゃったね笑  つづく

山田リオ Copyright © 2022Rio Yamada




   







2022年1月30日日曜日


いくとせも鏡のなかを歩みゐる我とけふまた目を合はせけり

           笹井宏之 (1982~2009)  

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2022年1月24日月曜日

イチゴについて

 イチゴは とくに 大きいのは 

まず 食べやすい大きさに 切り刻みまして 

それから いただきます

イチゴは 小さければ小さいほど 美味しい気がします

そういうことなので 大きいイチゴは ご覧のように

斧で めった切りにしてから 食べます笑

お店で 小さい小さいイチゴを見つけますと 

うれしくなってしまいます        R.Y.

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2022年1月18日火曜日

沈黙

 索居閑處 沈黙寂寥

          「千字文」より

人々の群れを遠く離れ 一人住む

何も言わず 寂しく 静かに暮らす

           (う〜む。わたしの場合、これ無理かも汗;R.Y.)

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2022年1月15日土曜日

特効薬

 こないだの ドイツの人の話だけど

さっき ハッと気がついて 

そして 思ったんだけどさ

こういう 八方塞がりというか 出口が見えないで

もう 心が ズタボロになりかけてる時

そういう時 自分にとっては やっぱり 

心の特効薬は J.S.B なんだよね

それも  G.G. が処方してくれたのじゃないと 効き目が弱いんだ 

そのことを さっき 改めて体験して 思った

音楽に救われる っていうことが ごく普通に

でも あの薬は 誰にでも効くってわけでもないと思う

たぶん そう       R.Y.

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2022年1月13日木曜日

時間

                                                    山田リオ

朝起きたら 

300年前に生きた あの ドイツの作曲家の音楽を聴く 

夕方 ワインを飲みながら 

60年前に亡くなった あの 南米の音楽家の曲を聴く

音楽が作り出された その時に だれかが聴いた その音楽と 

ながい永い時間がたった今 聴く その音楽は

同じなのか 違うのか

時を経て 人間が生み出したものは 変わるのか

いや そんなこと どうでもいい

今 ここに 生きていて この耳と この心で聴いている 

このわたし 一人に それが どう響くのか 

他人が呑んだ ワインの味なんか どうでもいい

わたしが呑んで そのときの わたしが

わたしの 鼻と 舌と 喉と 心とが感じること・・

いや もういいよ 黙って呑めよ 

おまえなあ しゃべりながらじゃ 味なんか わからないぞ

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2022年1月12日水曜日

音楽

 ひざが ずいぶん よくなって

けさは だいぶ あるけるように なった

いまは いっぽ いっぽ 落ち葉といっしょに

みじかい 乾いた音楽を 演奏している

                     やまだ

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2022年1月10日月曜日

 繭玉の霞むと見えて雪催い

(まゆだまのかすむとみえてゆきもよい)

             雪中庵龍雨

             増田龍雨 (1874~1934)

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2022年1月4日火曜日

目安


自分が正しいかどうかを 
どうしたら知ることができるか。
その目安は ごく簡単なものだ。
すなわち 他人たちが君を避けて寄りつかないなら
彼らよりも 君の方がずっと
本質的なものの近くにいることは 
まず 間違いない。
                  エミール・シオラン(1911-1995)  山田リオ訳

2021年12月31日金曜日

なにはともあれ

 赤ワイン

不要不急の 赤ワイン

「他人の顔色をうかがいすぎていないか」

それはともかく

元日は なにはともあれ 赤ワイン   by 山田

因みに「他人の顔色・・」云々は お年玉で頂いた

養老先生の新刊「ヒトの壁」のキャッチコピー

元日の朝 ガラス越しの日差しが あたたかい

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2021年12月30日木曜日

歳の終わりと始まりと

 

Feliz e maravilhoso ano novo para você!


波しろき海の極月来たりけり

これやこの冬三日月の鋭きひかり    鋭き(とき

          久保田万太郎(1889~1963)

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2021年12月28日火曜日

幸福

『欲しいものが手に入らないという状況は、

幸福であるために不可欠の要因である。』

                 バートランド・ラッセル (1872~1970

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2021年12月21日火曜日

感謝

 Um feliz Natal, repleto de amor, amizade e alegria!

いつも来てくれて ありがとう。

良い年をお迎えください。

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2021年12月5日日曜日

亡きひと

亡き人の亡きこと思う障子かな

          宇多喜代子 (1935~ )