2020年12月25日金曜日

余白

 



コーヒーの香りをデスクに置いたまま朝までひとりの余白に眠る
                             
                   大西久美子

           (「イーハト-ブの数式」より)

2020年12月24日木曜日

他人本位

 2014年11月16日日曜日

今までは全く他人本位で、そこいらをでたらめに漂よっていたから、
駄目であったという事にようやく気がついたのです。
私のここに他人本位というのは、自分の酒を人に飲んでもらって、
後からその品評を聴いて、それを理が非でもそうだとしてしまう
いわゆる人真似を指すのです           
           夏目漱石(1867 - 1916)

2020年12月21日月曜日

とうとう 2014

2014年7月22日火曜日    山田リオ


石には 石だけが 待っている 時があった
アザミは アザミで ゆれていた
ミンミンゼミは ミンミンゼミだけの 唄を

雲は 別れた 風とも 空とも 別れた
 

みんな ひとりで 時のなかを
ひとり ゆれながら 行った
ひとりは ひとり 唄った
ひとりは 別れた ひとりで? ほんとに?
 

みじかい ことば ちいさい ことば
とうとう さいごまで

言われなかった ことば は
とても 広かった 大きかった
 
          Copyright ©2014RioYamada

2020年12月9日水曜日

猫の

はるのよい かってしったる へいのうえ

たづくりは はにくっついて たべにくい

はととった こともあったな いまはむり

         (ねこはい)南伸坊(1947~)

きにいったひとは「ねこはい」のほん、かってね。ぶんこです。680えん。




2020年12月8日火曜日

また茂吉

雪山にむかひて歌を読まむとすしょぼしょぼとせる眼をもちて

                  眼(まなこ)

歌ひとつ作りて涙ぐむことあり世の現身よわが面をな見そ

                  現身(うつせみ)面(おもて)

全けき鳥海山はかくのごとからくれなゐの夕ばえのなか

            斎藤茂吉(1882~1953)

2020年11月28日土曜日

茂吉

わが生はかくのごとけむおのがため納豆買ひて帰るゆふぐれ

辛うじて机のまへにすわれども有りとしも無しこのうつしみは

             斎藤茂吉(1882~1953)


2020年11月26日木曜日

合掌

 人生は笑って生きるだけでいいんです。


         関 頑亭 (1919~2020)

2020年11月22日日曜日

後悔

仕事をしている間は、夢中で、非常に楽しい。

とくに、豊かな内容の原稿が来て、

それを、楽しみながらあれこれと考え、

書き、読み返し、書き直し、訂正し、

あれこれ工夫して書く時間は、本当に楽しい。

あっという間に時間が、日々がすぎて行く。

出来上がってしまって、原稿を送った後は、

大切なものを失ったようで、淋しい。

そんなことなら、もっと時間をかけて、

ゆっくりやるんだった、と後悔する。

でも、また仕事が来ると、

もう、楽しくて、どんどんやってしまう。

そして、仕上がってから、また、後悔する。

むづかしいものだ。

ところが、ときには、というか、しばしば、

送ってしまった後で、失敗に気がつく。

まったく、自分は、不注意で、愚かなやつだ。

しかし、後悔しても、もう、遅い。

でも、後悔。   やまだ

2020年11月10日火曜日

しばしばもわれに虚ろのときありぬうしろにかならず猫が来てゐる

                                                                                     小島ゆかり(1956 -)

2020年11月9日月曜日

背後

ひとつ気が付いたことがある。

それは、音楽を聞く時に、スピーカーをどこに置くか、と言うことで、

たまたま、ある位置に置いて、仕事をしながら聞いていると、非常に良い。

どういいのか、と尋ねられても、とにかく、いい、としか答えられないが、

まあ、そういうことだ。

で、その、最高のスピーカの位置は、自分の背後、真後ろ。

私の前にあるのは、PCのモニターとキーボード、そして背後にスピーカー。

正確に言うと、「背中の真ん中からまっすぐ後方」、およそ2m50cm。

それより近くても、遠くても、あまり良くない。そう言うことなのだ。



 街角に黒き日傘をとぢる指 あなたの顔が思ひ出せない

               大西久美子 「イーハトーブの数式」より

2020年11月4日水曜日

 あの風のことは憶えている、

あのライラックの花も、

あの灰色も、あの香りも、

あの歌も、そして、あの風も。

でも、あの天使が言ったことだけは、

どうしても思い出せない。

アレハンドラ・ピサルニクAlejandra Pizarnik(1936~1972) 訳:山田リオ

2020年10月27日火曜日

いつも

 いつも どんな時も 

ほんの一瞬でも ほんの少しでも 

心が沈むことがあってはいけない 

いつも どんな時も ほんの一瞬でも

心に怒りが生まれた時には

急いで 踏み消さなければいけない

                                          R.Y.

2020年10月24日土曜日

N先生


今日は、N先生のオンライン集中講義。

正味4時間、あっという間に過ぎた。

濃い時間だった。


 

2020年10月20日火曜日

堅い、そして、

 Baguette, バケット、ではない。バゲット、いや、バにアクセントではない、にアクセント。でも、最後のは、サイレントのT、母音は無し, 舌の先が出す t、という音だけ。何を言ってるんだか。気に入ったバゲットを常に探している。それも、硬いやつ。できれば、皮だけで、中身の柔らかい部分はなくてもいい、いや、ふわふわのパンは、ない方がいい。ああ言うものは、人生には必要ない。そう、硬い、皮だけの、baguette、どこかにないだろうか。でも、それだけではなくて、あの、焼きあがったバゲットの独特の香り、そして、あの、しっかりとした皮の部分を奥歯で何度も噛んで、噛み締めて、また噛んでいったときに出てくる、深い麦と酵母の味が更に大切なわけで、そういうやつにバター、それも無塩バターをつけるか、またはブリーなんかのチーズを乗せて、赤ワインを呑みながら食う。そう言う理想的なパンのある生活。これを、私は、幸福と呼ぼう。







2020年10月14日水曜日

2020年10月13日火曜日

今年も、友達が丹波の栗を送ってくれたので、  さっそく焼き栗にして、いただきました。    秋の味です。     や

 



2020年10月8日木曜日

夜明け前

眠れないまま明け方になって、ベッドの中でラジオを聴いていた。
 柳田邦男という人が、絵本のことを話していた。 
それを聴きながら、いろいろなことを思った。
 柳田さんが話した「星の王子さま」のこと、 
それから、なぜか、遠藤周作の「深い河」のこと。 
様々な出会いのこと、
そして、亡くなった叔父のことを思い出した。 
薔薇と盆栽を育てるのが好きだった叔父。 
小さい頃、母子家庭だった僕を、夏休みの間、
叔父の親戚の、海のそばの家にずっと泊まらせてくれたこと。 
大学生の時に、僕が大きな決断をする際、
非常に強い口調で、僕の決断を支持してくれたこと。 
後にも先にも、彼が、そういう真面目な話をしたのはその時だけだった。 
夜明け前のベッドの中で、その時のことを思い出していた。                         山田リオ
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2020年9月27日日曜日

花柄のテーブルクロスのみ白しすべてのひととこころへだたる   永井陽子(1951~2000)
rio yamada photo 

2020年9月23日水曜日

Muito obrigado.

いつもいつも ずっと 永いあいだ  読んでくれて ほんとう
に ありがとう。

2020年9月16日水曜日

外は 光が いっぱい

庭は 色が いっぱい 

それを 暗い部屋の 中から 見ている

暗い部屋の 中から

光あふれる 外の世界を 見ている

光あふれる うつくしい 世界を

    山田リオ Copyright ©2020RioYamada 


 ©RioYamada 


2020年9月14日月曜日

夜の風 

■2007/07/26 (木) 

「夜の風」
                 山田リオ
一ヶ月前にユタに来ました
ユタは山のむこうにまた山があって
どこまでもはてしなく山です
するどく尖った山 すこしゆったりした山
平らなところは ポプラの林
夜になると 人工の灯りが少ないので
星のない夜は 真の闇を見ることができます
闇の中を 夜明けまで絶えず
しっかりした 一定の風が吹いているので
闇のなかで ポプラの葉が風に吹かれているのが
見えます 見える気がします
夜の風は
きもちのよい風で
いつまでもこの風に吹かれていたいと
思います     Copyright ©2007RioYamada   
rio yamada photo

   


   

2020年9月13日日曜日

はこべ



私の所有に帰するなにものもあらざれば美しはこべのみどり 
        永井陽子(1951~2000) 私(わたくし)  美し(はし)

2020年8月30日日曜日

渡邊の叔母のこと 再録

 

■2006/08/19 (土) 

                          山田リオ
渡邊の叔母のことを書いておこうと思う。
亡くなられてからずいぶん月日が流れたのだが、いまだにこの人は側にいるような気がするのだ。
叔母と言っても、たぶん遠縁の親戚で、詳しいことは、今となってはわからない。
私が小学校に入った頃には、もう七十歳にはなっておられたと思う。
おそらくご自宅での居心地がよくなかったのか、頻繁に訪れて、仏間に座っておられた。話し相手といえば、小学生の私しかいないのである。
したがって、わたしが学校から帰る時間を見計らって訪問されたように思われる。

いつでも、完全無欠の上品な和服、そして羽織、白足袋の足の裏が汚れていたことなど、ただの一度もなかった。
わたしがどういう種類の子供であったのかもよくわかる。つまり、足袋の足裏の汚れなどを気にして見るような子供だったのだろう。
そういう子供だったからこそ、渡邊の叔母はわたしを話し相手に選んだのではないか。
小学校低学年のころから年配の女性の好む「枯れた」話題を一時間でも二時間でも話し合って、かつ退屈することはなかったのだろう。
そればかりか、彼女が決して口にすることはなくとも、どんな思いを抱いてその老後を生きていたのか、わたしは子供ながら心にしみて感じていた。
だからこそ、今になっても、ときどき彼女のことを思い出すのだ。
あの、しゃりしゃりの薄紫の羽織や、灰色の絽の着物の手触りと共に。

2020年8月25日火曜日

 





さあここであなたは海になりなさい
鞄は持っていてあげるから

         笹井宏之(1982~2009)

2020年8月24日月曜日

 終はらない夏が誰にもあることをさやいんげん刻みつつ思へり

                         笹井宏之(1982~2009)


2020年8月7日金曜日

淵と瀬

世の中はなにか常なる飛鳥川
Rio Yamada photo 
昨日の淵ぞ今日は瀬になる

  古今和歌集 詠み人知ら

 


2020年8月4日火曜日

キョウ

 rio yamada photo

キョウデキルコトヲキョウヤル
イマハイマヲイキイキトイキル  

      ヤマダリオ