2020年12月9日水曜日
2020年12月8日火曜日
2020年11月28日土曜日
2020年11月22日日曜日
後悔
仕事をしている間は、夢中で、非常に楽しい。
とくに、豊かな内容の原稿が来て、
それを、楽しみながらあれこれと考え、
書き、読み返し、書き直し、訂正し、
あれこれ工夫して書く時間は、本当に楽しい。
あっという間に時間が、日々がすぎて行く。
出来上がってしまって、原稿を送った後は、
大切なものを失ったようで、淋しい。
そんなことなら、もっと時間をかけて、
ゆっくりやるんだった、と後悔する。
でも、また仕事が来ると、
もう、楽しくて、どんどんやってしまう。
そして、仕上がってから、また、後悔する。
むづかしいものだ。
ところが、ときには、というか、しばしば、
送ってしまった後で、失敗に気がつく。
まったく、自分は、不注意で、愚かなやつだ。
しかし、後悔しても、もう、遅い。
でも、後悔。 やまだ
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後悔
2020年11月9日月曜日
2020年11月4日水曜日
2020年10月20日火曜日
堅い、そして、
Baguette, バケット、ではない。バゲット、いや、バにアクセントではない、ゲにアクセント。でも、最後のトは、サイレントのT、母音は無し, 舌の先が出す t、という音だけ。何を言ってるんだか。気に入ったバゲットを常に探している。それも、硬いやつ。できれば、皮だけで、中身の柔らかい部分はなくてもいい、いや、ふわふわのパンは、ない方がいい。ああ言うものは、人生には必要ない。そう、硬い、皮だけの、baguette、どこかにないだろうか。でも、それだけではなくて、あの、焼きあがったバゲットの独特の香り、そして、あの、しっかりとした皮の部分を奥歯で何度も噛んで、噛み締めて、また噛んでいったときに出てくる、深い麦と酵母の味が更に大切なわけで、そういうやつにバター、それも無塩バターをつけるか、またはブリーなんかのチーズを乗せて、赤ワインを呑みながら食う。そう言う理想的なパンのある生活。これを、私は、幸福と呼ぼう。
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Baguette
2020年10月15日木曜日
2020年10月8日木曜日
夜明け前
眠れないまま明け方になって、ベッドの中でラジオを聴いていた。
柳田邦男という人が、絵本のことを話していた。
それを聴きながら、いろいろなことを思った。
柳田さんが話した「星の王子さま」のこと、
それから、なぜか、遠藤周作の「深い河」のこと。
様々な出会いのこと、
そして、亡くなった叔父のことを思い出した。
薔薇と盆栽を育てるのが好きだった叔父。
小さい頃、母子家庭だった僕を、夏休みの間、
叔父の親戚の、海のそばの家にずっと泊まらせてくれたこと。
大学生の時に、僕が大きな決断をする際、
非常に強い口調で、僕の決断を支持してくれたこと。
後にも先にも、彼が、そういう真面目な話をしたのはその時だけだった。
夜明け前のベッドの中で、その時のことを思い出していた。
山田リオ
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夜明け前
2020年9月23日水曜日
2020年9月16日水曜日
2020年9月14日月曜日
2020年9月3日木曜日
2020年8月30日日曜日
渡邊の叔母のこと 再録
| ■2006/08/19 (土) |
山田リオ
渡邊の叔母のことを書いておこうと思う。
亡くなられてからずいぶん月日が流れたのだが、いまだにこの人は側にいるような気がするのだ。
叔母と言っても、たぶん遠縁の親戚で、詳しいことは、今となってはわからない。
私が小学校に入った頃には、もう七十歳にはなっておられたと思う。
おそらくご自宅での居心地がよくなかったのか、頻繁に訪れて、仏間に座っておられた。話し相手といえば、小学生の私しかいないのである。
したがって、わたしが学校から帰る時間を見計らって訪問されたように思われる。
いつでも、完全無欠の上品な和服、そして羽織、白足袋の足の裏が汚れていたことなど、ただの一度もなかった。
わたしがどういう種類の子供であったのかもよくわかる。つまり、足袋の足裏の汚れなどを気にして見るような子供だったのだろう。
そういう子供だったからこそ、渡邊の叔母はわたしを話し相手に選んだのではないか。
小学校低学年のころから年配の女性の好む「枯れた」話題を一時間でも二時間でも話し合って、かつ退屈することはなかったのだろう。
そればかりか、彼女が決して口にすることはなくとも、どんな思いを抱いてその老後を生きていたのか、わたしは子供ながら心にしみて感じていた。
だからこそ、今になっても、ときどき彼女のことを思い出すのだ。
あの、しゃりしゃりの薄紫の羽織や、灰色の絽の着物の手触りと共に。
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渡邊の叔母のこと
2020年8月4日火曜日
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