木村信子
自転車に乗って家を出た
野良ではまだ近所の人達が働いていたがあたりはもううす暗かった
わたしは誰にも声をかけられないようにうつむいたままぺたるを強く踏んだ
わたしはあの町へ行くのだ
追い剥ぎの森を通り
すすきの原を通る頃はもう夜だろうから
自転車はその辺にあずけておけば弟が取りに来てくれるだろうから
電車に乗って行こうと駅をさがしたが見あたらないので
きいてみたらこの村には駅などないと言う
そんなはずはないのだ
この村はわたしの生れ育った村でわたしは前にも駅から電車に乗って
あの町へ行った事があるのだから
自転車を押して歩いていると
たのしかったわねえという声がして
可愛いこどもが二人走って来た
見たことがないこどもなので
この村に遊びに来たのときくと
ここはあの町よと不思議そうにわたしをじろじろ見た
するとこどもの頃のわたしがあの町へ遊びに行ったまま帰らなかったことに
気がついて
早くさがしに行かなければと思って
それから大人になってからのわたしは一度もあの町へ行った事がないのに
気がついて
おかあさんおかあさんと泣いているこどもの頃のわたしの声がきこえてきて
それを追いかけても追いかけても追いつけないで
わたしはどこまで行ってもこの村から出られないようだ