5/25/2013
2023年1月9日月曜日
苦笑
山田リオ
今、あなたに語ろうとしているのは
遠い昔に終わってしまった
今はとっくに忘れられてしまった
あの国の あの時代が終わろうとしていたとき
そのロウソクの芯が燃え尽き
今, まさに消えようとする瞬間に
明滅する細い炎のような音楽のことなのですが
そこにいるあなた、あなたなら
ぼくがどの音楽のことを言っているのか、わかるでしょう?
若かったあの頃から、くりかえし聞いてきた、あの音楽
それは漠然とした、あの時代にありがちだった
ある種の一般的な音楽のことを言っているのではありません
あの人が残し、そして、あの数人の演奏家だけが再現することができた
そして、あの人たちが立ち去ったあとには
この世界では誰も演奏することさえなくなってしまった
今は、作曲者の名前すら、大多数の人たちに忘れ去られてしまった
あの曲のことです
あの頃、初めて、その曲を聞いたときに覚えた
ある、言葉にできない、あの「感じ」を、もう一度、味わうために
一人のとき、特別なときに、そっと聞いたあの曲の、あの楽章
ずっとその「感じ」を掴もうと、追いかけていたのだけれど
いつも、指の間をすりぬけて行った、あの「感じ」
今朝、またあの曲を聴いていて
一生で初めて、あの「感じ」にあてはまる
ある言葉がうかんできたのですが
その言葉は、たとえあなたにも
だれにも言わないまま、逝こうと思います
なぜって、みんなにそれを言うのは無意味だし
それは、不遜なことじゃないかと思いますから
だから今は、あの作曲者と演奏家たちにだけ聞こえる声で
こっそり、今朝うかんだ、あの言葉を伝えようと思います。
それを伝えたら、きっとあの人は
タバコの煙に霞んだ広間の遠くのほうからぼくを見て
苦笑してくれるような気がします
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室内楽、晩年、苦笑、
2023年1月3日火曜日
Coda
音楽用語のFinale, フィナーレのことから。
クラシックのソナタ形式で、最初に第一楽章、ね?
それが終わって、次は第二楽章、みたいに進んでいって、
とうとう最後に来るのが、フィナーレ、意味は、最終章。
これで終わりですよ、ということなんだけど、でも、たまに、
フィナーレの最後のところにCoda, コーダというのがくっつくことがある。
まだなんか言い残したことがあるので、くっつけるんだけど、まあ、尻尾ね。
意味は、日本語では、結尾とか結句とかいって、わかりにくいけど、
つまり、コーダは、「終わりの、おしまいの、おまけ」。
最後に、もう一言だけ言わせてね、みたいなことです。
山田リオ
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Coda
2022年12月31日土曜日
2022年12月14日水曜日
2022年12月8日木曜日
2022年10月24日月曜日
2022年10月17日月曜日
2022年10月8日土曜日
ヴィブラソインス 振動
VIBRAÇÕES Trio Brasileiro (ブラジル)右側のドゥドゥ・マイアが弾いている楽器はバンドリンといいます。ブラジルの伝統音楽、ショーロChoroの音楽には不可欠の楽器です。左側のアレックス・ロラは前半、暇していますが、彼が弾くパンデイロ(タンブリン)もショーロには欠かせない楽器です。
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トリオ・ブラズィレイロ
2022年8月31日水曜日
自由律俳句 08/05/2011
| rio yamada photo |
夜の河が見えない夜鶯の歌 夜鶯(ナイチンゲール)
夜風に吹かれている木のとなりに座る
ハイビスカスが咲いて一日中鳥の歌
オレンジを洗う水を止めると鳥の歌
窓の外は鳥の歌なのに涙ながれて
珈琲ぽたぽた落ちている時が花
紙袋からもれている白桃のかおり
白桃を切りわけたあとの指のかおり
ナンをください料理はあとでいい
ナンを食べ終わってクミンを噛む
夜の駐車場を風が抜けていく
暗い道のどこかにたしかにジャスミン
だれかがアラブの楽器を弾いている夜
スイカを食べている人を見ている
静かなおだやかな音楽のなかにいる
便器を磨いている時間だけの平和
もう会えない人 でもまだそこにいる人
朦朧として歩く雨を思って歩く
途方に暮れているのに笑っていた
静かな細い音楽を全身に浴びている
どんなに一人でもまた誰かと出会う
山田リオ Copyright ©2011RioYamada
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自由律俳句
2022年7月20日水曜日
2022年7月14日木曜日
2022年7月2日土曜日
2022年6月19日日曜日
2022年6月14日火曜日
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