2022年6月10日金曜日

閑雅な食慾

             萩原朔太郎 (1886~1942)

松林の中を歩いて
あかるい気分の珈琲店をみた。
遠く市街を離れたところで
だれも訪づれてくるひとさへなく
林間の かくされた 追憶の夢の中の珈琲店である。
をとめは恋恋の羞をふくんで
あけぼののやうに爽快な 別製の皿を運んでくる仕組
私はゆつたりとふほふくを取つて
おむれつ ふらいの類を喰べた。
空には白い雲が浮んで
たいそう閑雅な食慾である


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2022年5月28日土曜日

ああ。

もうすこし 落ち着いたら もうちょっとだけ 安心になったら

そう思いながら ずいぶんと 時間が過ぎていった

辛抱も いい加減 疲れたなあ と 思いながら

いくらなんでも そろそろ どこか 近場の温泉で 一泊だけ

そう思うのは しかたないでしょうよ うんと 我慢したんだから さ

でもなあ 目の前に あの 豪華な料理が並ぶのを想像すると 心がメゲる

大食い大会じゃないし 普段食べられないような贅沢なものを なんて 思わない

お刺身盛り合わせも 冷めた天ぷらも いらない

動物性脂肪分満載の和牛 も いらない 

そうじゃなくて なにか 地元の 山菜とか 野菜の料理を すこし

それと 炊きたてのご飯と お酒 それで ほかには 何もいらない

静かなところで 山や森や川の音だけを聞いて ゆっくり お風呂に入って

時が 目の前を過ぎていくのを じっと 見送っているだけ それで いいんだ

それで いいんだけど なんでかなあ そういう 温泉宿って 

見つからないんだよ ね          R.Y.

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2022年5月25日水曜日

いつくしみ

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2020年6月10日水曜日

母が己が独り児を命を賭けて護るように、
そのように一切の生きとし生けるものに対しても、
無量の慈しみ(いつくしみ)のこころを起こすべし。

     「スッタニパータ」より                                             
     ゴータマ・ブッダ(紀元前五世紀) 
         訳:中村元(1912~1999)

2022年5月21日土曜日

 沈黙はうっすらと苔むしていてどうにもならぬ 爪、入るるなり

              笹井宏之 (1982~2009)








2022年5月17日火曜日

余白

 コーヒーの香りをデスクに置いたまま朝までひとりの余白に眠る

                   大西久美子

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2022年5月16日月曜日

雨音

 一日雨音しつとり咳をして居る

             尾崎放哉 (1885~1926)

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2022年5月14日土曜日

切手

 破かれるかもしれない葉書潮風に過去への切手きっちりと貼る

                 永井陽子 (1951~2000)


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2022年5月12日木曜日

あなた

急ぐ必要は ない

輝く必要も ない

あなたは あなた自身以外の 誰である必要もない

          ヴァージニア・ウルフ (1882~1941) 山田リオ訳



            



2022年5月9日月曜日

寂寥

 寂寥へ到る途は

かならずしもくらいものではない

むしろそれは奇妙な

明るさにあふれている

そののち突如として

訪れる言葉を

私たちが知らないだけなのだ

               石原吉郎 (1915~1977)

2022年5月2日月曜日

ポストに落としたわが手紙の音ばかり

落葉ふんで来る音が犬であった

線香が折れる音も立てない

           尾崎放哉 (1885~1926)



2022年4月18日月曜日

My one and only love

             

            しつこいようですが これ 大好きなので

   いつも 思い出して やさしい きもちになります

   アート・テイタムとベン・ウエブスター

   この二人の演奏で この曲です・・・

   saudade  サウダージ です

   さまざまなこと思ひ出す桜かな 芭蕉     



 

2022年4月17日日曜日

豊かさ

私が たっぷり持っているものが あるとすれば

それは よくわからない 不確かなものばかりだ

そういうものなら 私は いっぱい 持っている

確かなことなんか 私には 何ひとつ ない

私にとって それで 十分なのだ

         ホルヘ・ルイス・ボルヘス (1899~1986) 訳:山田リオ

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2022年4月10日日曜日

山田リオ

そんなふうに 桜は おわった

いつか ふたたび この目で 桜を 見ることがあるのか

それは 考えない 考えないようにする

だって 明日 自分の命が いや それどころか 

世界がどうなるかだって わからないのだから 

でも 自殺しようとかは 思わない

だって 今日は 今は 生きているんだから

明日のことを 心配するのは 無意味なこと

今 この時 たしかに 自分は まだ 生きている

そのことを ありがたく思って 

笑っていよう そうしよう

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2022年4月5日火曜日

未来

くずおれやすい未来を抱いて立っている頭上にいちめん軋む夏空

                   永井陽子 (1951~2000)

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2022年4月2日土曜日

苔の森

 花を散らす雨の朝 桜の木の幹に 青木ヶ原樹海を見つけた   

                                                                                         R.Y.

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2022年4月1日金曜日

幸福


 

■2002/05/13 ()

『ア・フェリシダージ』は、ブラジルの映画「黒いオルフェ」に使われた歌。
ブラジルの詩人、ヴィニシウス・ジ・モライス作詩。
アントニオ・カルロス・ジョビン作曲。
**************************************

A  Felicidade(幸福)
 
      ヴィ二シウス・ジ・モライス (1927-1994)
                                           翻訳:(ポルトガルー日)山田リオ

悲しみには終わりがない。
幸福には、終わりがある。

幸福は、風に浮かぶ羽根のように
その短い命を軽々と飛び過ぎる。
必要なのは、そよ風だけ。

貧しい人の幸福は
あのカーニバルの、巨大な幻覚。
一年中、働くのは
王様や、海賊、庭師、
そんな、一瞬の夢を見るため。

悲しみには終わりがない。
幸福には、終わりがある。

幸福は、花びらの上の朝露のように
かすかにふるえて、静かに光る。
それから、愛の涙になって、落ちる。

わたしの幸福は、
あなたの瞳の中の夢。
夜が、夜明けを求めて
過ぎ去り、過ぎ去って行くように。
だから、お願いだから、
小さな声でささやいて。
あなたの一日が始まるときに
愛の口づけで目覚めるように。

幸福は、気が変になりそうで
そのくせ、とても繊細で、はかない。

それはすべての花に
すべての色があるように
すべての小鳥の巣には
すべてのやさしさがあるように

幸福は、それほどにもこわれやすいから
わたしは、いつも気をつけて、
大切に。この手のなかに。
                                         Copyright © 2002Rio Yamada



2022年3月31日木曜日

 春の嵐の夜が明けて 別れの朝 

               R.Y.

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2022年3月29日火曜日

 千切れつつ増えゆく雲を眺めをり人に生まれてからといふもの

                笹井宏之 (1982~2009)



 





2022年3月28日月曜日

野上彰

今日は 朝五時に起きて 出かけて
一日 病院にいました そして
夕方 帰ってきて 疲れていたけれど
ひさしぶりに お酒を呑みました
ずっと 野上彰のことを 思っていて
野上彰のこと 前奏曲のことが 頭から離れなくて
今も 前奏曲のことを 野上彰のことを
思っています
           山田リオ

  イブキトラノオ


 

2022年3月25日金曜日

天空をながるるさくら春十五夜世界はいまなんと大きな時計

               永井陽子 (1951~2000)

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2022年3月22日火曜日

 命二つの中に生きたる桜かな

              芭蕉 (1644~1694)

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2022年3月19日土曜日

 たどりつきたいカフェまでの誰も知らない路地裏を行くように会う

缶の底一つ残ったドロップは夕日の色だ あしたは晴れる

ねえきみの声がすきだよ雨ふりの夜はいっしょに眠っていいかな

                嶋田さくらこ



2022年3月14日月曜日

Garua


以前に歌詞を翻訳しました。このブログに掲載してあります。

「雨」という題名のタンゴです。

ロベルト・ゴジェネチェの唄、

アニバル・トロイロのバンドネオン。


2022年3月11日金曜日

 この春の 最初の蘭が 開こうとしています

この星に住む みんなが おだやかに 生きられますように

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2022年3月9日水曜日

 夜が明けて わたしは まだ 生きている

こんな朝 何を唄ったら いいのか

思えば わたしたちは いつだって

いくつも 空が落ちてくるような そんな世界で 

生きたり 出会ったり 愛したり

別れたり 唄ったり 歩いたり   

生まれたり 死んだりを 

くりかえしてきたのかもしれない

生きているのは すごいことだ

だから今日は 今は 生きているんだから

感謝して せいいっぱい 生きよう

               山田リオCopyright ©2022RioYamada

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2022年3月7日月曜日

寒椿

 ことごとに人待つ心寒椿

            中村汀女

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2022年3月1日火曜日

街角に黒き日傘をとぢる指 あなたの顔が思ひ出せない 

                  大西久美子



2022年2月27日日曜日

執着

決して屈服するな。遠慮するな。論理的な方向に行くな。

あなた自身の魂を、世の中の流行に合わせて変えようとするな。

むしろ、あなたの最も激しい執着に、情け容赦なく従うことだ。

        フランツ・カフカ (1883~1924)   山田リオ訳





 

2022年2月14日月曜日

思い出すのはもうやめよう

NARA LEÃO - CHEGA DE SAUDADE

作詞は ヴィニシウス・ジ・モライス   

作曲は アントニオ・カルロス・ジョビン

題名の「思い出すのはもうやめよう」は山田リオの訳です

多くの人は この曲が 最初に書かれたボサノヴァだ と言います

歌手は ナラ・レアン



2022年2月7日月曜日

才能について  (2)

と ここまで書いて 当然出てくる「才能のことを書いてるお前」 つまりワタシの事だけど 「オマエごときが才能について書くのって どうなの?」 っていう疑問だけど マコトに ごもっともですが ここは 聞こえないふりして 続けます

で 話し言葉の事だけど たとえば 子供が生まれますよね で 新生児は退院して家に来る すると 家では 全員が なぜか 日本語を話している そしてこの子は 0歳からの数年間 家で 日本語を聞きながら育つ つまり 毎日毎日 耳から入って来るのは 日本語というわけ で 数年のうちに 子供は 当然のように 日本語を話しはじめる

もし 赤ん坊が住む家に フランス語が母国語の人と スペイン語が母国語の人がいれば 子供は当然 幼児のうちに フランス語とスペイン語を両方 話すようになる いわゆる バイリングアル というわけ

でね 音楽も 同じ事なの 親か 誰か赤ん坊と一緒に住んでる人が 例えば すごく松任谷由実が好きで 毎日毎日朝から晩まで松任谷由実の歌を聴いていたとすると この子の耳には ユーミンが毎日入って来る そして この子の母国語 じゃなくて 母音楽はユーミンになって それが刷り込まれたというわけ これが 場合によっては ずっと後になって もしかしたら 老人になってから 強烈なボディーブロウのように効いてくる ってこともある

つまり 人生の一番はじめに つまり 0歳から数年間のうちに 何を耳から入れてあげるかで その人の人生は劇的に変わって来るんじゃないか と ぼくは思っています でね これ 小学生になってからでは もう 手遅れなの 脳が柔らかいうちに じゃないと ダメなの

特にね 幼い時に 耳から入れてもらった音楽を とっくに すっかり 忘れていたとしても あれから ながいながい時間が流れて その子が大人になってから いろんなことがあって 病んだ時に あの時の 幼児の時の あの音楽が 遠い遠いところからやって来て この人を 救ってくれる そういうことも あるわけです 

もちろん 「あの頃に耳に入れてもらった音楽がどんなものだったのか」 ってことも とても とても 大事 

それと同時に 十回二十回程度じゃなく 「毎日 毎日 毎日 ずっと ずっと 繰り返し 耳から入れてあげる」ってのも すごく 大事 しかし 「座りなさい聞きなさい」はゼッタイにダメ 「なんとなく 知らないうちに いつも あの音楽が なんとなく聞こえていて 自然に 耳から入って来ていた」 ってのが一番いいのよ 

「練習しなさい! 勉強しなさい!」というのも 最悪の結果を生むよね

でもさ 話しは「才能」から ずいぶんと遠くに来ちゃったね笑  つづく

山田リオ Copyright © 2022Rio Yamada