尾形亀之助(1900-1942)
昼の部屋
テーブルの上の皿に
りんごとみかんとばなな ―― と
昼の
部屋の中は
ガラス窓の中にゼリーのやうにかたまつてゐる
一人 ―― 部屋の隅に
人がゐる
商に就いての答
もしも私が商(あきなひ)をするとすれば
午前中は下駄屋をやります
そして
美しい娘に卵形の下駄に赤い緒をたててやります
午後の甘まつたるい退屈な時間を
夕方まで化粧店を開きます
そして
ねんいりに美しい顔に化粧をしてやります
うまいところにほくろを入れて 紅もさします
それでも夕方までにはしあげをして
あとは腕をくんで一時間か二時間を一緒に散歩に出かけます
夜は
花や星で飾つた恋文の夜店を出して
恋をする美しい女に高く売りつけます
女の顔は大きい
私は馬車の中で
妻を盗まれた男から話をしかけられてゐる
だんだん話を聞いてゐるうちに
妻を盗まれたのはどうも私であるらしい
で ――
それはほんのちよつと前のことだとその男が云ふのでした
×
私は いつのまに馬車を降りたのか
妻の顔を恥かしそうに見てゐました
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