詩日記
自信のない詩人、山田リオが書いた詩、作文など、いろいろです。 Copyright © Rio Yamada. Watermark テンプレート. Powered by Blogger.
2020年4月21日火曜日
あを
あをぞらの青が失はれてしまふ汝を抱きしめてゐるあひだにも
rio yamada
笹井宏之(
1982~2009
)
汝(なれ)
2020年4月4日土曜日
花
わが胸をのぞかば胸のくらがりに
桜森見ゆ吹雪きゐる見ゆ
微かなる風ある空かさくらばな
雪片のごとしばし宙舞ふ
しんしんと頭の底にも陽は差して
そこも桜の無惨の白さ
花朽ちて沈みてゆきし野の井戸の
無明無限の水深想ふ
河野裕子(1946~2010)
2020年4月3日金曜日
あしたのこと
rio yamada
ああ
そうだ
そうだよね
きょう どうなるかだって
わからないんだから
あしたのことを しんぱいして
こころを ざわざわさせても
それは まるで むだなこと
あした どうなるか なんて
わかるわけが ないから
こんばん ねるときには
なにも かんがえないで
そのまんま ねむればいい
あしたのことは
あしたのあさ まだいきていたら
そのときに しんぱいしよう
そうしよう
山田リオ
2020年4月1日水曜日
そこをなんとか
rio yamada
まあ ご多忙でいらっしゃるのは
よくよく分かっているんですが
ここは とにもかくにも
非常に重大な局面でございますので
なんとか ですね
やおよろずの 全員に ご集合いただいて
総力あげて なんとかしていただく
と いうようなことは
お願いできませんでしょうかね・・・
合掌 平身低頭 山田
2020年3月31日火曜日
さりながら
さりながら死にたくもなし年の暮れ
七代目三笑亭可楽(1886~1944)
*さりながら(でも、だけど)
2020年3月29日日曜日
オレンジ
オレンジを洗う水を止めたら鳥の唄
山田
(カリフォルニアの砂漠に住んでいた頃のやつを思い出したので。)
2020年3月25日水曜日
ほほえみ
あめつちにわれひとりゐてたつごとき
このさびしさをきみはほほゑむ
(救世観音をみて、 会津八一)
2020年3月24日火曜日
ひとり
rio yamada
若い人にとって、孤独は悲しみだ。
でも、より成熟した人にとっては、
孤独は喜びになる。
アルバート・アインシュタイン(
1879~1955
)
2020年3月18日水曜日
春
rio yamada
朝 ウグイスの唄で目をさます
ウグイスは 三日間唄ってから
次の目的地へ
旅立った
静かな朝が 戻ってきた
いつもとおなじ 春の朝
オナガとムクドリは ごゆっくり
陽が昇ってからの ご出勤
シジュウカラも まだ来ない
おだやかで 平和な この時間
鳥獣蟲魚 みんなが待っていた 春
山田リオ
2020年3月16日月曜日
拒絶
「わたしなんかをメンバーにするようなクラブに、
わたしは絶対に入りたくない。」
グラチョ・マルクス
Groucho Marx(
1890~1977
)
2020年3月11日水曜日
朝食
朝食が楽しみだ。
なぜかというと、パンが好きだから。
ふわふわ、しっとり、もっちり、ではなく、
硬い、固い、堅い、どっしり、しっかりした、
噛んで、噛んで、味が出てくるようなパン。
ゴッホの「ジャガイモ」の絵の農民が食べるような、
ライ麦の味と香りがする、
たくましい、茶色いパン。
朝食に、そういうパンを、
奥歯で、よくよく噛んで食べる。
夜、ベッドに入る時、明日の朝食のパンを思う。
明日の朝食に、あのパンを食べるまでは、
なんとか、生きていたい。
そう願い、祈って、
わたしは眠りに就く。
山田リオ
休符
rio yamada
ちょっと休んで
また翔びます
翔んだら
ちょっと休みます
****************
写真は、今朝撮りました。
はい。三月十一日。
ほんと。
信じられなかったけどね。
風が強かった。
去年の夏の写真ではありません。
やまだ
2020年3月7日土曜日
本牧亭
講釈場すくなくなりし袷かな
(こうしゃくば少なくなりしあわせかな)
増田龍雨(1874~1934)
+++++++++++++++++++++
本牧亭(ほんもくてい)は、1857年(安政四年)にオープン、1990年に閉場した、東京で最後の講談専門の寄席だった。
上野広小路の交差点から上野公園の方に向かって最初の狭い路地を左に曲がったところにあった。
現在あるトンカツ屋さんの左側、筋向かいの辺りだったと思う。(2020年現在)
2020年3月4日水曜日
いのち
「この世界は美しいものだし、人間の命は甘美なものだ」
ゴータマ・ブッダ (紀元前5世紀)
訳:中村元(1912~1999)
rio yamada photo
2020年3月2日月曜日
空
rio yamada photo, Palos Verdes
幾たび 空が落ちてこようと
わたしたちは 生きなければいけない。
D.H.ローレンス
訳:山田リオ
2020年3月1日日曜日
ひとり
ゴッホには、テオがいた。
弟であり、全世界でたった一人の理解者であり、
どんなときも、全力で兄を支えたテオがいた。
そういう、ひとりの人間が与えられたことは、
ゴッホにとって、
ほんとうに幸運なことだったと思う。
山田
2020年2月17日月曜日
冬の蘭
真冬なのに 今年
も咲いた 蘭
母が まだ元気だった頃に
買って来て 家の外に置いて
そのまま 手入れもしないで
たまに 水やりするだけ
でも ずっと生きてきた 蘭が
寒さの中で また咲いた
オーキッド 白い蘭
やまだ
2020年1月7日火曜日
冬の句
遠くまで行く切符なり冬の雲
紙ほどの薄さのこゑの冬鴎
抽斗の闇の矩形の寒さかな
藤山直樹(1953~)
(鴎:カモメ 抽斗:ひきだし)
ここにいる
人々が みんな立ち去っても 私 ここにいるわ
12/01/1984 松任谷由実
2020年1月2日木曜日
繭玉
繭玉の霞むと見えて雪催ひ
(まゆだまのかすむとみえてゆきもよい)
増田龍雨
2019年12月30日月曜日
すべて
rio yamada photo
すべてを失った後
わたしたちはもう一度出会う
この世界でただひとつの喜びは 始める
ということだ
チェザーレ・パヴェーゼ(1908~1950 イタリアの詩人)
山田リオ訳
2019年12月27日金曜日
ドーナッツの中心
rio yamada photo
リンゴを食べた後に残った部分は
ドーナッツの中心部分に似ている
人が立ち去った後には何が残るか
冬の朝陽の中でじっと考えている
山田リオ
2019年12月23日月曜日
見つめる
眠るときも 醒めているときも
一日中 いつでも 常に
そのことから 眼をそらさぬこと
いつもいつでも 笑うときも泣くときも
自分が 必ず 滅びることを
自分の肉体も心も いつか滅びることを
忘れず 眼をそらさず
見つめ続けること
それが 生きるということ
山田リオ
2019年12月21日土曜日
生きろ
rio yamada
びっくりするようないいことに
出会うことが たまにある
そういう いいことに出会うには
死なないで 生きていればいいんだ
はんぶん ねていたって いいんだ
ただ 生きてさえいれば いいんだよ
山田リオ
2019年12月20日金曜日
忘れ得ぬ
by E.K.
たとえそれが ある日 全て失われ
無に帰する と わかっていても
それでも
己れに生ある限り
忘れ得ないものを
山田リオ
2019年12月17日火曜日
ノスタルジア
rio yamada photo
不思議な心の痛み
懐かしさのあまり 死ぬということ
まだ見ぬものを 決して経験しえないことを
懐かしみ あこがれるあまり
死ぬ ということ
アレッサンドロ・バリッコ(1958~)
訳:山田リオ
2019年12月13日金曜日
逃げる
rio yamada
走っても走っても追いかけてくるもの
気がつくともう背中の後ろにきている
どんなにはやく逃げても逃げきれない
でも逃げるのをやめられないので走る
山田リオ
2019年12月11日水曜日
朝
夢の戸を閉め忘れたる朝と思ふ 筆立てに筆いつぽんもなし
笹井宏之(1982~2009)
Keiji I. photo
2019年12月8日日曜日
石焼き芋
rio yamada photo
遠くから
焼き芋売りのおじさんの 声が聞こえたので
外に出て 走って追いかけて追いついて
路上で すこし立ち話をしてから
焼き芋を買った 小雨の降る寒い晩
熱い熱い焼き芋 うれしい焼き芋を
うす茶色の紙で 包んでくれる
それを持って 走って家に帰るまでに
両手だけは あたたかくなった
でも 耳も顔も まだつめたい
急いで食べよう 今すぐ食べよう
あたたかい 焼き芋
山田リオ
無言
rio yamada
今日一日だけは
無言で暮らそう
誰にも会わない
空気を読まない
世間話もしない
そういうふうに
静かに暮らそう
今日だけでいい
それができたら
どんなにいいか
山田リオ
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