2020年9月23日水曜日

Muito obrigado.

いつもいつも ずっと 永いあいだ  読んでくれて ほんとう
に ありがとう。

2020年9月16日水曜日

外は 光が いっぱい

庭は 色が いっぱい 

それを 暗い部屋の 中から 見ている

暗い部屋の 中から

光あふれる 外の世界を 見ている

光あふれる うつくしい 世界を

    山田リオ Copyright ©2020RioYamada 


 ©RioYamada 


2020年9月14日月曜日

夜の風 

■2007/07/26 (木) 

「夜の風」
                 山田リオ
一ヶ月前にユタに来ました
ユタは山のむこうにまた山があって
どこまでもはてしなく山です
するどく尖った山 すこしゆったりした山
平らなところは ポプラの林
夜になると 人工の灯りが少ないので
星のない夜は 真の闇を見ることができます
闇の中を 夜明けまで絶えず
しっかりした 一定の風が吹いているので
闇のなかで ポプラの葉が風に吹かれているのが
見えます 見える気がします
夜の風は
きもちのよい風で
いつまでもこの風に吹かれていたいと
思います     Copyright ©2007RioYamada   
rio yamada photo

   


   

2020年9月13日日曜日

はこべ



私の所有に帰するなにものもあらざれば美しはこべのみどり 
        永井陽子(1951~2000) 私(わたくし)  美し(はし)

2020年8月30日日曜日

渡邊の叔母のこと 再録

 

■2006/08/19 (土) 

                          山田リオ
渡邊の叔母のことを書いておこうと思う。
亡くなられてからずいぶん月日が流れたのだが、いまだにこの人は側にいるような気がするのだ。
叔母と言っても、たぶん遠縁の親戚で、詳しいことは、今となってはわからない。
私が小学校に入った頃には、もう七十歳にはなっておられたと思う。
おそらくご自宅での居心地がよくなかったのか、頻繁に訪れて、仏間に座っておられた。話し相手といえば、小学生の私しかいないのである。
したがって、わたしが学校から帰る時間を見計らって訪問されたように思われる。

いつでも、完全無欠の上品な和服、そして羽織、白足袋の足の裏が汚れていたことなど、ただの一度もなかった。
わたしがどういう種類の子供であったのかもよくわかる。つまり、足袋の足裏の汚れなどを気にして見るような子供だったのだろう。
そういう子供だったからこそ、渡邊の叔母はわたしを話し相手に選んだのではないか。
小学校低学年のころから年配の女性の好む「枯れた」話題を一時間でも二時間でも話し合って、かつ退屈することはなかったのだろう。
そればかりか、彼女が決して口にすることはなくとも、どんな思いを抱いてその老後を生きていたのか、わたしは子供ながら心にしみて感じていた。
だからこそ、今になっても、ときどき彼女のことを思い出すのだ。
あの、しゃりしゃりの薄紫の羽織や、灰色の絽の着物の手触りと共に。

2020年8月25日火曜日

 





さあここであなたは海になりなさい
鞄は持っていてあげるから

         笹井宏之(1982~2009)

2020年8月24日月曜日

 終はらない夏が誰にもあることをさやいんげん刻みつつ思へり

                         笹井宏之(1982~2009)


2020年8月7日金曜日

淵と瀬

世の中はなにか常なる飛鳥川
Rio Yamada photo 
昨日の淵ぞ今日は瀬になる

  古今和歌集 詠み人知ら

 


2020年8月4日火曜日

キョウ

 rio yamada photo

キョウデキルコトヲキョウヤル
イマハイマヲイキイキトイキル  

      ヤマダリオ

2020年7月29日水曜日

虫喰い

rio yamada photo 

いつの間にか
幼虫が 葉っぱを齧った
しかし
幼虫が 葉っぱをかじるのは
生きるため 育つために
ごく あたりまえこと

   山田リオ

2020年7月28日火曜日

2020年7月19日日曜日

情緒

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過去なしに出し抜けに存在する人というものはない。
その人とはその人の過去のことである。
その過去のエキスが情緒である。
だから情緒の総和がその人である。

            岡潔(1901〜1978

2020年7月15日水曜日

rio yamada photo

詩は 人生の証拠に過ぎない
もし 人生がよく燃ているなら
詩は ただの灰だ

   レナード・コーエン(1934~2016)  訳:山田リオ

2020年7月10日金曜日

木のあいさつ

rio yamada photo

ある日 木があいさつした
といっても
おじぎしたのでは
ありません
ある日 木が立っていた
というのが
木のあいさつです
そして 木がついに
いっぽんの木であるとき
木はあいさつ
そのものです
ですから 木が
とっくに死んで
枯れてしまっても
木は
あいさつしている
ことになるのです

        石原吉郎(1915~1977)

2020年7月4日土曜日

Anat Cohen And Trio Brasileiro 'Murmurando'



またショーロです。
クラリネットのアナット・コーエンとトリオ・ブラジレイロの演奏は、好きなので。
これは、「つぶやき」という曲です。     ヤマダ

2020年7月1日水曜日

晴れた朝

rio yamada photo
友達のアダンソンハエトリグモ。
今朝も元気です。
すごいスピードで動き回っています。
彼は 多分
何ひとつ 心配な事がないようです。


2020年6月23日火曜日

rio yamada

思い出しているわけじゃない
うしろをふりかえっているわけじゃない

ただ 
あの色が
目の奥に残って
消えないだけ


        山田リオ Copyright©2020RioYamada

2020年6月19日金曜日

TRIO BRASILEIRO - VIBRAÇÕES (Jacob do Bandolim) - Douglas Lora, Dudu Mai...



トリオ・ブラジレイロというグループの演奏するショーロです。
詩から離れてきたようですが、ここでは随分前からブラジルのことを書いています。
ブラジルといえばボサノヴァ、という考えは狭すぎます。
ブラジルには様々な、素晴らしい伝統音楽がありますから。    ヤマダ

2020年6月10日水曜日

いつくしみ


母が己が独り児を命を賭けて護るように、
そのように一切の生きとし生けるものに対しても、
無量の慈しみ(いつくしみ)のこころを起こすべし。

     「スッタニパータ」より                                             
     ゴータマ・ブッダ(紀元前五世紀) 
         訳:中村元(1912~1999)

2020年6月7日日曜日

円空

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歓喜(よろこび)は いつも絶やせぬ春なれや
浮世の人を 花とこそ見れ

         円空  (1632~1695)

2020年5月31日日曜日

Lilly of the valley

谷間のユリ
鈴蘭
スズラン

スズランの香りを
香りを
言葉でいうのは
説明するのは

いまは きもちが
どうしようもなくて
考えようとしても
ゴミ屋敷みたいになっていて

スズランは 
居場所がないから
だから
見えないように
見えないところに置いた

          やまだ



2020年5月23日土曜日

Choro Club


日本では有名なのかもしれませんが、
私は、最近になって出会いました。
ショーロ・クラブというバンド。

日本人で、ブラジル音楽を演奏するグループです。
基本、Choroというブラジルの民族音楽を、
楽器だけで演奏します。
このアルバムはもう廃盤になりました。→

編成は、バンドリン、カヴァキーニョ、(どちらもマンドリンのような絃楽器)、
それにギターなどで演奏しています。

このアルバム以外では、youtubeなどの動画サイトにある、”Cafe Alpha" という曲が好きで、私は偶然この曲を聴いて、ショーロ・クラブに出会いました。
ローマ字読みで「チョロクラブ」という人もいますが、これは間違いです。
ポルトガル語で、ショーロというのが正しい発音です。
この言葉は「泣く」という意味です。

とにかく、今は、よく聴いています。
いつか、メンバーの誰かにお会い出来たらなあ、と思います。
                          やまだ



2020年5月22日金曜日

犀の角


犀の角のようにただ独り歩め。

      ゴータマ・ブッダ(紀元前五世紀)

      翻訳:中村元  (1912~1999)

2020年5月15日金曜日

葛切り

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「くずきりあります」鍵屋良房梅雨滂沱

       楠本憲吉(1921~1988)

       かぎやよしふさつゆぼうだ

2020年5月12日火曜日

道ばたの罌粟



rio yamada photo 
罌粟

芥子

ケシ

コクリコ

amapola 、アマポーラ(スペイン)

coquelicot、コクリコ(フランス)

poppy、ポピー(英国)

2020年4月21日火曜日

あを


あをぞらの青が失はれてしまふ汝を抱きしめてゐるあひだにも
rio yamada

            笹井宏之(1982~2009)

                                           汝(なれ)

2020年4月4日土曜日



わが胸をのぞかば胸のくらがりに桜森見ゆ吹雪きゐる見ゆ

微かなる風ある空かさくらばな雪片のごとしばし宙舞ふ


しんしんと頭の底にも陽は差してそこも桜の無惨の白さ


花朽ちて沈みてゆきし野の井戸の無明無限の水深想ふ


             河野裕子(1946~2010)


2020年4月3日金曜日

あしたのこと

rio yamada

ああ
そうだ
そうだよね

きょう どうなるかだって
わからないんだから
あしたのことを しんぱいして
こころを ざわざわさせても
それは まるで むだなこと
あした どうなるか なんて
わかるわけが ないから
こんばん ねるときには 
なにも かんがえないで
そのまんま ねむればいい
あしたのことは
あしたのあさ まだいきていたら 
そのときに しんぱいしよう
そうしよう

           山田リオ

2020年4月1日水曜日

そこをなんとか

rio yamada

まあ ご多忙でいらっしゃるのは
よくよく分かっているんですが
ここは とにもかくにも
非常に重大な局面でございますので
なんとか ですね
やおよろずの 全員に ご集合いただいて
総力あげて なんとかしていただく
と いうようなことは
お願いできませんでしょうかね・・・

          合掌 平身低頭 山田