2013年8月27日火曜日

名刺 2005/05/06



                    山田リオ
 

名刺をつくろうと思う
ざらざらした、厚手の和紙で
わら屑や木の繊維などが混じっている
ふちは切り落としではなくて毟り取ってある
そういうやわらかであたたかみのある素材にしよう

でもその名刺に
名前は印刷しないでいい
もしどうしても、と言うなら
なにかあだ名ならかまわない
「猫の帽子屋」とか、そんなふうな名前がいいだろう
しかし、名前なんか、なくていいのだ

会社名は書かない、そんなものはないし、無意味だから
したがって、肩書きも役職も住所も電話番号も
メールアドレスもなにもかもいらない
どこの学校を出たとか
どんな服を着ているとかどんな時計をしているとか
どんな車に乗っているとかそういうことも必要ない

ではその名刺に何を書くのかと言うと
わたしの好きなものを書いていく
好きなもの、好きなこと、好きな場所、好きな時間
好きな空、好きな雲、好きな風、好きな匂い
そうやって書いていったら
名刺は分厚い本になるだろう
でも、本では書けないこともある
好きな音、好きな音楽、好きな食べ物
そういうことを伝えるためには
本でも絵でもCDでも足りないので

けっきょくは
名刺を手渡すその人と
いっしょに生活していくしかないだろう
毎日の生活のなかで伝えていくしかないだろう
そうやって いっしょの食卓で同じものを食べ
同じ風のなかを肩をならべて歩き
自分自身の声と言葉で話しあい
同じ音楽を聞き同じ空気を呼吸し
同じ時間に同じ空や雲を見て
そうやって毎日を、季節を、年月を生き
そうやって人生を生きていって
いつか名刺は完成するだろう
わたしが逝ってしまったあと
そのやわらかな名刺は
そのひとの手のなかに残るだろう
そんな名刺なら
一枚
あってもいい
                                                          Copyright ©2005RioYamada

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