2012年11月11日日曜日

尾形亀之助 ②

                        尾形亀之助(1900-1942)

昼の部屋

テーブルの上の皿に

りんごとみかんとばなな ―― と

昼の

部屋の中は
ガラス窓の中にゼリーのやうにかたまつてゐる

一人 ―― 部屋の隅に

人がゐる



 商に就いての答

もしも私が商(あきなひ)をするとすれば

午前中は下駄屋をやります
そして
美しい娘に卵形の下駄に赤い緒をたててやります

午後の甘まつたるい退屈な時間を

夕方まで化粧店を開きます
そして
ねんいりに美しい顔に化粧をしてやります
うまいところにほくろを入れて 紅もさします
それでも夕方までにはしあげをして
あとは腕をくんで一時間か二時間を一緒に散歩に出かけます

夜は

花や星で飾つた恋文の夜店を出して
恋をする美しい女に高く売りつけます



女の顔は大きい

私は馬車の中で

妻を盗まれた男から話をしかけられてゐる

だんだん話を聞いてゐるうちに

妻を盗まれたのはどうも私であるらしい

で ――

それはほんのちよつと前のことだとその男が云ふのでした

×


私は いつのまに馬車を降りたのか

妻の顔を恥かしそうに見てゐました

2012年11月7日水曜日

帰宅

昨晩、帰ってきた。

ドアをあけて、一歩、入って

現実の世界に引き戻された、墜落した

やわらかい雲のなかのような場所から

岩盤のような固いところへ、たたきつけられ

自分の中を見ると

そこは、怒りでいっぱいなので

わけのわからない言葉を何度もつぶやいて

何に対する、誰に対しての怒りなのか

よくわからないのだが

黒いものが、口からあふれてきそうだ

こういうときに人は

なにか、とんでもないことを

わけもわからず、やってしまうのかもしれない
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