はるのよい かってしったる へいのうえ
たづくりは はにくっついて たべにくい
はととった こともあったな いまはむり
(ねこはい)南伸坊(1947~)
きにいったひとは「ねこはい」のほん、かってね。ぶんこです。680えん。
とくに、豊かな内容の原稿が来て、
それを、楽しみながらあれこれと考え、
書き、読み返し、書き直し、訂正し、
あれこれ工夫して書く時間は、本当に楽しい。
あっという間に時間が、日々がすぎて行く。
出来上がってしまって、原稿を送った後は、
大切なものを失ったようで、淋しい。
そんなことなら、もっと時間をかけて、
ゆっくりやるんだった、と後悔する。
でも、また仕事が来ると、
もう、楽しくて、どんどんやってしまう。
そして、仕上がってから、また、後悔する。
むづかしいものだ。
ところが、ときには、というか、しばしば、
送ってしまった後で、失敗に気がつく。
まったく、自分は、不注意で、愚かなやつだ。
しかし、後悔しても、もう、遅い。
でも、後悔。 やまだ
Baguette, バケット、ではない。バゲット、いや、バにアクセントではない、ゲにアクセント。でも、最後のトは、サイレントのT、母音は無し, 舌の先が出す t、という音だけ。何を言ってるんだか。気に入ったバゲットを常に探している。それも、硬いやつ。できれば、皮だけで、中身の柔らかい部分はなくてもいい、いや、ふわふわのパンは、ない方がいい。ああ言うものは、人生には必要ない。そう、硬い、皮だけの、baguette、どこかにないだろうか。でも、それだけではなくて、あの、焼きあがったバゲットの独特の香り、そして、あの、しっかりとした皮の部分を奥歯で何度も噛んで、噛み締めて、また噛んでいったときに出てくる、深い麦と酵母の味が更に大切なわけで、そういうやつにバター、それも無塩バターをつけるか、またはブリーなんかのチーズを乗せて、赤ワインを呑みながら食う。そう言う理想的なパンのある生活。これを、私は、幸福と呼ぼう。
| ■2006/08/19 (土) |