5/25/2013
山田リオ
今、あなたに語ろうとしているのは
遠い昔に終わってしまった
今はとっくに忘れられてしまった
あの国の あの時代が終わろうとしていたとき
そのロウソクの芯が燃え尽き
今, まさに消えようとする瞬間に
明滅する細い炎のような音楽のことなのですが
そこにいるあなた、あなたなら
ぼくがどの音楽のことを言っているのか、わかるでしょう?
若かったあの頃から、くりかえし聞いてきた、あの音楽
それは漠然とした、あの時代にありがちだった
ある種の一般的な音楽のことを言っているのではありません
あの人が残し、そして、あの数人の演奏家だけが再現することができた
そして、あの人たちが立ち去ったあとには
この世界では誰も演奏することさえなくなってしまった
今は、作曲者の名前すら、大多数の人たちに忘れ去られてしまった
あの曲のことです
あの頃、初めて、その曲を聞いたときに覚えた
ある、言葉にできない、あの「感じ」を、もう一度、味わうために
一人のとき、特別なときに、そっと聞いたあの曲の、あの楽章
ずっとその「感じ」を掴もうと、追いかけていたのだけれど
いつも、指の間をすりぬけて行った、あの「感じ」
今朝、またあの曲を聴いていて
一生で初めて、あの「感じ」にあてはまる
ある言葉がうかんできたのですが
その言葉は、たとえあなたにも
だれにも言わないまま、逝こうと思います
なぜって、みんなにそれを言うのは無意味だし
それは、不遜なことじゃないかと思いますから
だから今は、あの作曲者と演奏家たちにだけ聞こえる声で
こっそり、今朝うかんだ、あの言葉を伝えようと思います。
それを伝えたら、きっとあの人は
タバコの煙に霞んだ広間の遠くのほうからぼくを見て
苦笑してくれるような気がします
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