2015年10月31日土曜日

おかえり 再録

■2006/01/28 (土) おかえり

「おかえり」
                山田リオ
知り合いの、あの猫がいなくなってから
三週間がたちました
それは薄汚れた灰色の雄猫で
夜の散歩のときに、彼は
いつも、あそこの塀の上にいて
逢えばいろいろ話をしたのですが
年が明けてから見えなくなったのでした

昨日の晩、あの塀のそばを歩いていて
あの猫が、きゅうに塀の上に現れました
いつもなら、「どうしたの?」「元気だった?」などと訊き
彼のほうは、「にゅ」とか「ぷ」とか
短い言葉で返事する、そういう対話になるのですが

昨日は、塀の上に伸びたジャカランダの木で
爪をといだり、頬をすりつけたりしてから
ちゃんとわたしの目を見て
かなり長いセンテンスで話をしてくれたのでした

わたしは、猫語がすべて理解できるわけではありませんが
それでも、「また会えて、うれしいよ」という部分と
「明日も来るのかい?」という部分は理解できました

大げさな別れは、好きではありませんから
「じゃ、またね」そう言って背中を向けて立ち去って
曲がり角まで来て、振り返ると
もう塀の上に、あの猫の影はなくて

どこか秘密の場所に帰って行ったのだな
そう思いながら、気持ちがあたたかくなって
わたしも家に帰りましたCopyright ©2006Rio Yamada

2015年10月30日金曜日

オレゴンから

■2006/01/24 (火)
「オレゴンから」
                山田リオ

オレゴンは毎日雨です
雲は空いっぱいにあふれて動き
すべての森は樅の木で
羊歯と苔、川と湖
その上に霧のような細かい雨が降っていますから
人はいつも、湿った空気を呼吸することになります

今は午前四時、ポートランドのホテルの部屋で
窓から街路を見下ろしています
車も人も通らないので、静かです
暗いなかで、すべてが濡れて光っているので
今も、目に見えないほど細かい雨が
降っていることがわかります
では、もうすこし眠ることにします  Copyright ©2006Rio Yamada