花の色染みたる脳の朝寝かな
ゆふざくら逢うてたちまち眠るなり
写真焼く焔むらさき春の暮
猫死んで桜月極駐車場
桜餅餡透けて雨兆すなり
思ひ寝のあと草餅のやはらかき
草餅の雨の匂ひのしてゐたり
梅雨寒や高座布団の芯かたき
薔薇切って空気いきなり濃くなりぬ
衰へて明るき脳や葱の花
さびしさや焼蛤の噴きこぼれ
焼飯の卵おだやか海の家
オルガンの音ずれてゐる暑さかな
蝉の穴鬱の極みも過ぎにけり
病む人の爪透きとほるしらが葱
寒鯉に纏はる水の粘りかな
遠くまで行く切符なり冬の雲
紙ほどの薄さのこゑの冬鴎
抽斗の闇の矩形の寒さかな
藤山直樹(1953-)
夕ざくら子の手冷たくわが手にあり
しぐるるや駅に西口東口
小でまりの愁ふる雨となりにけり
梅雨の犬で氏も素性もなかりけり
あさがほをだまって蒔いてをりしかな
鶏頭を水無き壷に挿して忘る
蓑虫の出来そこなひの蓑なりけり
柿啖へばわがをんな少年のごとし
耐へがたきまで蓮枯れてゐたりけり
安住 敦(あずみ あつし、1907-1988)
猫の子のすぐ食べやめて泣くことに
口あけて一声づつの仔猫泣く
中村汀女
みごもりて盗みて食いて猫走る
いなずまの野より帰りし猫を抱く
橋本多佳子
うららかや猫にものいふ妻のこゑ
日野草城
四つ足の堪へるあゆみの仔猫かな
藤後左右
叱られて目をつぶる猫春隣
久保田万太郎
猫の飯相伴するや雀の子
小林一茶
露のんで猫の白さの極まるなり
猫と生まれ人間と生まれ露に歩す
死ににゆく猫に真青の薄原*
加藤楸邨 *薄原(すすきはら)
雪の降る芝居哀しく美しく
初代中村吉右衛門(1886-1954)