2019年6月18日火曜日

森の情景


                   by 山田 リオ12/16/2003

これは、九つの短い詩です。
子供の頃からくり返し聞いてきたロベルト・シューマン晩年のピアノ曲集「森の情景」の印象を詩にしてみました。9つの詩の題名は、シューマンのそれぞれの曲の題名をそのまま使っています。
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                Copyright©2003RioYamada
1.
「森の入り口」

透明な光が溢れている
ここが森の入り口だ
やわらかな腐葉土を踏んで
森の中へと伸びる小道
その森は、だれもが心の奥底に持っていて
心屈し、幻滅し、意気阻喪した時に訪れる場所
幼いころの思いがすべて詰まっている
心の森だ

2.
「待ち伏せる猟師」

大きな木の下蔭にうづくまって
その腕には黒く鈍く光る銃
落ち葉の匂いのなか、獣が来るのを待つ
その時が来たら、そのずっしりと重い銃身が火を噴く
爆発と硝煙、弾丸が獣の皮膚と肉を貫く
そのときまで、猟師は暗い影のなかで
枯葉と木々の匂いを嗅ぎながら、うづくまる

3.
「淋しい花」

霧で見えない、むこう
そこだけに、ふしぎな光が射していて
そのなかに、ちいさな花が咲いている
その花はたしかに、昔、見たことがある
なつかしい思い、遠い思い
その色もおぼえているけれど
いつだったろう、思い出せない
見つめても、取り戻せない思い
光のなかの、さびしい花

4.
「呪われた谷」

石ころ混じりの坂道を下ると、太陽の光は失われ
木々に覆われた道はいよいよ暗く
薄明の中にうかぶ風景がある
そこにはかすかな死の匂いさえ
しかしこのなんという静けさ安らかさ
このまましずかに微笑んで
眠るようにむこうがわに行ってしまおう
微笑みだけが溢れる至福の静けさに
すべてをゆだねよう

5.
「やさしい風景」

森の大木の蔭、うすみどりの下草の上
若い常緑樹の葉の上で、金色の陽光が踊っている
その若葉も下草もやわらかくて、ほほえんでいて
あ。どこかで川が流れる音が聞こえる
それは細く小さい流れで、その水にも
あの金色の陽光が踊っている

6.
「森の宿」

もうすっかり暗くなった森の
遠くで窓の灯りがゆれる
暖かい灯りの色だ
足元に気をつけながら
あの灯りのほうへ
ゆっくりと歩いて行こう
風にのって
人々のざわめきが聞こえる
薪の燃える匂い煙の匂い
肉や野菜が煮える匂い
ああ
歌っている
なつかしい歌だ
みんなが声をあわせて
あの歌を歌っている
そうだ
いまはあの宿だけが
わたしが帰っていける場所だ

7.
「予言の鳥」

灰色の空は鈍く重く冷たく
梢の高いところで、鳥が鳴いている
それはかぎりなくさびしく、静かな唄だ
その鳥の唄を聴いていると、なぜだろう
暖かい涙が溢れてくるい
あの鳥は、なにを伝えようとしているんだろう
あの静かな唄
でも聴かずにはいられない
ふしぎな鳥の唄

8.
「狩りの歌」

遠くから響いてくる、あれは銃を撃つ音だ
あの猟師たちが、とうとう鹿を見つけて
銃を撃っているのだ
あの臆病な、黒目の大きな雌鹿をめがけて
森に銃を打つ音が響く

9.
「森との別れ」

わたしの心の森よ、あなたは最後までわたしの友でした
いつもまちがいなく、そこにいてくれて
心屈したとき、失意のとき、生きる勇気を失ったときに
わたしが帰っていける場所、それが、あなたでした。
あなたと別れるのは辛いけれど
わたしはもうこの森を出て
外の世界へ行かなければならないのです
もう一度あなたに別れの言葉を
言葉にできない感謝をこめて
もう振り返らずに行きます
わたしの心の森よ  
 Copyright©2003RioYamada


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